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ちっちゃいおっさんたちと酒盛りしてぇ! 君に届け 第16話 『夜噺(総集編)』 の感想です。

総集編を見ていて気づいたのですが、この作品には「大人の視点」がほとんど無いですよね。ピンはいるけれど、ダメな大人代表という感じで、大人視点とは言いがたい。

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くるみがああいう性格をしている理由が、わかった気がします。君に届け 第15話 『ライバル』 の感想。

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嘘で固めたくるみが、一つだけ語った真実の言葉。それが突破口になりました。君に届け 第14話 『くるみ』 の感想です。

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くるみは”腹黒い憎まれ役”であるにもかかわらず、僕は前からなぜか気になって、「彼女が心配だ」などと書いてきたのですが、今回その理由に気づきました。君に届け 第13話 『恋』 の感想です。

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爽子は恋愛に不慣れだけど、一歩一歩着実に進めていて、まさに「超正攻法」なのでしょう。君に届け 第12話 『恋愛感情』 の感想。

自分が風早に対して抱いている気持ちが、「恋愛感情」なのかどうかを知りたいと、爽子は真剣に考えています。そう考えること自体が、すでに恋なんじゃないのとハタからは見えるわけですが、彼女は慎重ですね。風早への気持ちを知るために、まず真田にアプローチして、気持ちを比較してみようと考えたのは、一種の対照実験でしょう。

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くるみが爽子に「イラッ」として「うぜー」と思うのも、分かる気がするのです。君に届け 第11話 『とくべつ?』 の感想。

というのも、くるみのほうが論理的で、爽子は非論理的なんですよね。くるみの論理では、以下のようになります。

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くるみの奮闘が、むしろ可愛く思えます。報われなさそうなだけに。君に届け 第10話 『協力』 の感想。

『恋は戦争』という曲がありましたが、まさに恋愛はゼロサムゲームであり、勝者が一人しかいない戦いです。

くるみは心理戦を得意にしていて、爽子に心理的プレッシャーをかけますが、爽子にはまったく通用せず、むしろ逆効果でした。くるみにとって、爽子のような天然ピュアピュア娘は天敵でしょう。

恋愛は”早い物勝ち”なので、「誰々が好きだ」とカミングアウトして、競争相手の先回りをする戦法は、現実でもありがちだったりします。 「友情と恋愛の板ばさみ」という美味しいドラマを生むので、古くから物語のネタにもなっており、たとえば夏目漱石の「こゝろ」がそれですね。

でもこれは、自分の手の内をさらす、捨て身の戦法でもあります。それを聞いた相手が、さらに先回りして動くかもしれないわけで。「こゝろ」もそのパターンであり、”K”の想いを知った「先生」は、とっととKの想い人にプロポーズしたのでした。

それでも、くるみがこの作戦を取らざるを得なかったのは、そこまで追い込まれているからでしょう。花壇でのラブラブな様子に、よほど危機感を持ったのかな。

爽子はいい子で、くるみのことを友達だと思っているので、こゝろの「先生」のようなことはすまい、という読みはあるでしょう。でもこれによって、爽子が自分の中の想いに気づくキッカケになる、ということはありそうですね。

くるみは一応、敵役ですが、空回りっぷりがコミカルなので、憎めないものがあります。今後のくるみと爽子の対決(でも爽子は対決とは気づかない)に期待しています。

千鶴の「内側を狙い、えぐりこむように蹴る」は、『あしたのジョー』の「内角を狙い、えぐりこむように打つべし!」のパロでした。これは、負けて真っ白な灰になる、というフラグだろうか。

ところで、今回はこれは書かざるをえないですね。 トドひどい! あのネタバレには唖然としました。いろいろ台無しです。やりきれない思いを、日テレのご意見フォームにぶつけてしまいましたよ。ちなみにご意見フォームはこちら。→日本テレビの全般に対するご意見・ご感想

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「恋は誤解の産物」と言われたりします。君に届け 第9話 『新しい友達』 の感想。

恋愛は非日常的なもので、多大なエネルギーが必要です。”ちょっといいな”くらいの気持ちから、恋愛に発展するには何かのキッカケが必要で、その多くは誤解でしょう。相手が自分の理想通りに見えたり、相手の意図を勘違いしたり。そういう誤解の積み重ねで恋は生まれて、誤解と現実との軋轢の中で、発展したり解消したりするわけです。

爽子と風早君の間には、いくつかの誤解があります。爽子は風早君を完璧超人だと見ていますが、実は彼は爽子の前ではけっこう不器用だったりしますね。風早君がサッカーの練習に付き合ったり、なにかと面倒を見るのは、下心も込みですが、爽子は単純に「いい人」だと思っています。

爽子は、風早がくるみのことを「下の名前で呼んでいる」と考えて、軽い嫉妬を覚えたようですが、これも誤解です。

爽子は、くるみも「いい人」だと思っているようですが、くるみは急に「私たちはお友達」と言い出して、爽子だけでなく周囲の人もポカンとさせていました。あのうさんくささは、選挙のときだけ「友達」と称して近寄ってくる人を思わせます。似たような意図があると思われ。

何事も無いと、風早君と爽子は進展しなくて、「ただの気になる友達」で終わってしまうでしょうね。そこから抜け出すためには、いくつかの誤解が生まれ、軋轢を生み、状況をドライブする必要があります。そうして”恋愛”になるのでしょう。

くるみの鼻にかかった甘えた声は、平野さんの地声に近いと思いますが、キャラに合ってると思いますね。くるみの暗躍にも期待しています。

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静かな展開ですが、実は重要な転機だったと思えます。君に届け 第8話 『自主練』 の感想。

風早君は以前から爽子を意識しまくりでしたが、爽子のほうは、彼をせいぜい”友達の一人”としてしか見ていませんでした。むしろ、”かくありたい理想像”として尊敬の念がメインだったでしょう。

これはラブストーリーなので、どこかで爽子が風早を”男子”として意識するイベントが必要だったのですが、それが今回でしたね。でも、「名前を呼び捨てにする」というイベントから、そうなるのは予想外でした。でもそんな、ものすごく”なにげない”ことがキッカケになるのが、この作品らしいでしょう。いつもながら、うまいなぁと思いました。

ラストのサッカーボールを蹴り合うシーンは、映画の『キャッチボール屋』を思い出しました。庵野監督が俳優で出ていることで知られていますが、失恋&リストラで人生に悩む青年が、ひょんなことから「キャッチボール屋」を引き継ぎ、10分100円でいろんな人とキャッチボールをするという話です。

キャッチボールのような単純なことを黙々とやっていると、心が開放されるような気分になることがあります。座禅の境地ですね。しかもキャッチボールは二人での共同作業なので、ボールをやり取りするうちに、心も伝わるような気分になるかもしれません。「キャッチボール屋」はうまい題材だなと思ったものでした。

爽子と風早はボールを蹴りながら、言葉は無くても、何かが通じているのでしょう。爽子が「風早君に届け」と蹴ったボールには、どんな思いが込められていたかな。

この爽子の転機と時を同じくして、胡桃沢さんが表舞台に登場したのは必然でしょう。彼女の計算高さが強調されていましたが、そんなに嫌な印象は無いですね。風早のことが一途に好きなんだな、ということが伝わってきますし。ならばあれくらいはやっていいだろうと思えます。むしろ、彼女がどうやってここから形勢を逆転しようとするのか、その手腕が楽しみだ。でも黒沼もがんばれ。

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とても小さくて、愛おしい世界。君に届け 第7話 『土曜の夜』 の感想です。

単に、友達同士で集まって、ダベっているだけの話なんですよね。アルバムで盛り上がったりとか。それがこんなに楽しいのは、誰でもこれに近い楽しかった経験があって、それと重ね合わせるからでしょう。あの頃は、こんな時間が永遠に続くと考えていたよな、と。

もちろん、大人になれば大人ならではの楽しさがあるけれど、学生の頃のこういう楽しさは、もう味わうことはできないのです。でも、それを追体験できるのはアニメの素晴らしいところでしょう。

爽子と風早君は、とてもとても可愛いですね。この二人には、感情移入するというよりは、傍から応援する友達のような気持ちになります。あやねや千鶴の視点にいますね。

今後また波乱はあるのでしょうけれど、今回は全編、爽子の笑顔で埋められていて、ハッピーな気持ちになりました。

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「知人」と「友達」にはかなり距離があって、お互いに友達と言える関係は幸せです。君に届け 第6話 『友達』 の感想。

僕は大阪に3年ほど住んでいたことがあり、独特な文化には慣れないところもあったのですが、『関西弁』はなかなかいいものだと思っていました。『丁寧語』と『タメ口』との境目が少ないのが美点だなと。

たとえば標準語ならば、「~ですよね」が丁寧語で、「~だよね」がタメ口です。でも関西弁(というか方言はたいていそうですが)は丁寧語が変化したものなので、「~ですやん」は友達に使っても、上司に使ってもOKなわけです。

知り合った人と、ずっと丁寧語で話していると余所余所しい感じがするし、かといってタメ口では馴れ馴れしいかもしれないし、と切り替えどきに悩むケースがあるわけですが、関西弁であれば知り合った瞬間からフレンドリーに話せるわけで、それが関西のオープンな雰囲気を作っている要因の一つなのでしょう。

話がそれましたが、「友達になる」ということは、すごく難しくもあり、とても簡単でもあるのでしょう。それは恋愛に似て、たまたま両思いである必要があるけれど、恋愛とは違って、いつのまにか”なっている”ものでもあります。爽子たちを通じて、”友達”の貴重さを再認識させられました。というか泣けました。

『解決編』を1話使って丁寧にやりましたが、この物語はこれくらいのゆったりしたペースでいいと思えます。学生時代は、大人になってからよりも時間がゆっくりと流れていましたから。

爽子に絡んでいた女子が、うわさを流した張本人だったのかな。フランス人形ちゃん(胡桃沢桃)が黒幕かと思っていたのですが。いずれにしろ、フランス人形ちゃんは障害になるのでしょう。がんばれ黒沼。

風早君は、本当なら爽子を助けに行きたいところを、あやねと千鶴に譲ったのは、むしろ男らしい態度でした。うわさの火消しをしっかりとやった彼は、影のMVPと言えるでしょう。その結果として、爽子があやねたちとベッタリになったのは痛し痒しのようですが、次回は彼のターンっぽいですね。友達もいいけれど、風早君とのスーパー甘々タイムも楽しみにしています。

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試験期間の席替えとか、図書カードといった、学校の風景がとても懐かしくて優しいです。君に届け 第5話 『決意』 の感想。

あやねと千鶴は、爽子と似たタイプなんですよね。誤解されやすい性質で、誤解されてもかまわないと思ってきた。心を硬い殻で覆うすべを身につけてきたけれど、その下には人一倍、柔らかい傷つきやすい心があって。なので、いったん心を開いた相手に”裏切られた”と感じたことで、とても傷ついてしまったのでした。

このままでは、これ以上傷つくのを怖れて、お互いの殻に戻ってしまう可能性もあります。そこから抜け出すキッカケのひとつは、やはり風早君でした。彼は3人とは正反対で、「他人とは分かり合える」と信じている楽観主義者なので、状況を変えるための触媒として適任でしょう。でもあくまで、爽子が変わるためには彼女自身の決意が必要です。

もうひとつのキッカケは、爽子のひたむきさでした。怪談をマスターするために怪談の本を読み漁ったり、テスト勉強のために専用のノートを作ったりと、友達のために労力を惜しまないひたむきさは、確かにあやねと千鶴に伝わっていたのですね。

ピン先生もなかなか良かった。「これから理不尽なことはたくさんあるが、自分の力でなんとかするしかない」と。子供の頃は、世の中の理不尽さに怒ったり、反抗したりするわけですが、世の中は理不尽なことであふれていて、その中でなんとかするしかない、と気づくことが、つまり大人になるということです。高校生はそれを学ぶ時期でしょう。

というわけで、事態は上向きなのですが、ラストは不穏な雰囲気でした。あるいはこの事件が、爽子が変わるための決定的なキッカケになるのかもしれません。

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ちょっとだけ言葉が足りなくて、すれ違ってしまうというというのは、誰にでも覚えのあることでは。君に届け 第4話 『噂』 の感想です。

アメリカ人と付き合っていると、彼らは他のどの国の人とも違う、独特なものがあると感じます。何が独特かというと、常にポジティブなことを言葉にするんですね。「グレイトな仕事だ!」とか、「お前と仕事ができてハッピーだ!」とか、そういう最大級の賛辞を、実にしょうもないケースでも使います。たぶん、アメリカは多民族国家で、さまざまな文化の坩堝(るつぼ)だからでしょう。文化が違うと、言葉にせずとも気持ちが伝わるという「以心伝心」は期待できないので、「自分に悪意は無い」「自分とお前はポジティブな関係だ」ということを示すために、あらゆる機会を使ってポジティブなことを口にする、強迫観念のようなものがあると思えます。

でもそれは、見習うべきなのかもしれません。「もしかして嫌われてるんじゃ?」と思ったり、逆に思われたりするのは、言葉が足りないことがたいていの原因なので。相手を大切にしていることを、「態度」で100時間伝えるよりも、1分の「言葉」のほうが伝わることがあるし、逆に10秒の言葉で台無しになることもあるでしょう。もっとしっかり話せばよかったのに。

今回のトラブルの根本は、誰かが爽子を陥れようとしていることですが、それはキッカケにすぎなくて、事態が悪化したのは爽子の言葉が足りないせいでした。そういう経験は、誰にでもあるでしょう。あやねたちが怒るのではなく、浮いたり沈んだりで悩んでいるのがリアルです。

この作品のテーマは、爽子の純粋さが周囲の人々を変えて、そして周囲の人々が爽子を変える、ことにあるでしょう。今回の件も、爽子がもう一段、変わらなければならない試練だと思えます。今回は辛い終わり方でしいたが、次回、爽子がどう変わるかに期待しています。

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”親近感”と”ドラマ性”のバランスが素晴らしいと思うのです。君に届け 第3話 「放課後」 の感想。

アニメ、ことに深夜アニメでは、高校生が主人公になることが多いのですが、それは誰しも、高校時代には特別な思い入れがあるからでしょう。大人と子供の中間の、いろいろ不安定な時期であり、また一番ピュアに恋愛できる時期だからかもしれません。

ただしアニメでは、世界観が非日常だったり、キャラクタが突飛だったりで、自分の高校時代と重ね合わせるような”親近感”には乏しかったりします。変わった設定にしないとドラマが成立しにくいので、仕方ないわけですが。ありきたりな設定ではドラマが無くてつまらないということになります。

ところでこの作品は、爽子は多少変わったふうに描かれているものの、内面はごく普通の女の子ですよね。周囲の人間も、ごく普通の人たちです。そしてそこで起こる事件も、友達とあいさつできたとか、誤解が解けたとか、勉強を教えたとか、ごくありきたりの出来事なので、”親近感”は十分にあります。

それでいて、この作品にはドラマがあるのです。爽子といっしょに、ちょっとしたことに喜んだりガッカリしたり、感動したりして。爽子は人間関係に臆病で、なかなか周囲の人に素直な気持ちを伝えられませんが、程度の差こそあれ、誰しも人間関係には臆病なところがあるはず。だから爽子や風早のキモチの一端が理解できて、いっしょにドキドキできるのでしょうね。”親近感”と”ドラマ性”の素晴らしい融合が、ここにあると思えます。

このアニメの感想を書くのは初めてなので、思っていたことを一気に書いてしまいました。で、第3話ですが、爽子が変化したことで、周囲の人々にも影響を与え、それがさらに爽子をいい方向に変化させる、というポジティブスパイラルに入っています。ラストではいい笑顔を見せ、笑顔を独り占めしていたつもりの風早君が嫉妬するほどでした。幸せの絶頂ですね。

でもその背後では、不安な動きがあります。ライバルっぽい子とか、妙な噂とか。これもまたありがちな、ちょっとした事件ですが、爽子の視点でドキドキさせてくれることでしょう。

この作品はノーマークだったので、少し遅れて録画で観て、今回初めてリアルタイムで観るのですが、かなり好きですね。高校時代は遠い昔ですが、このアニメを楽しめる感受性を自分がまだ持っていることが、なんだか嬉しかったりします。

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