メルクマール

『父殺し』は最大のタブーの一つで、それゆえに文学作品の題材になります。　ドストエフスキーの最高傑作と言われる「カラマーゾフの兄弟」などですね（と偉そうに書いても、僕は読もうとして挫折しましたが）。　タブーとされるのは、そうすることの誘惑が強いことの裏返しでもあります。

フロイトは、父を殺したいという気持ちは誰でも無意識にあると言い、エディプス・コンプレックスと呼びました。　男の子にとって最初の恋人は母親であり、父親はライバルなので、排除したいという意識が働くわけです。　でも普通は父親を殺したりはしないわけで、その気持ちを抑圧する過程で「意識と無意識の境界」が形成され、精神が成熟するという考え方です。　親から虐待受けたなどの幼児体験があると、このプロセスを経ることができず、つまり意識と無意識の分化がうまくいかなくて、様々な精神病の原因になる、のだそうです。

でも、切嗣は父を殺してしまいました。　彼に母はいませんでしたが、シャーレイに恋していて、彼女を父親から奪うためという潜在意識もあったと思えます。　フロイト説に従えば、彼はエディプス・コンプレックスを乗り越えられず、精神が正常に成熟するチャンスを失ったことになります。

切嗣が「多くの人を救う」ことに強くこだわるのは、父殺しの罪の意識から逃れるための代償ですね。　多くの人を救うためだから、父殺しも正当化される。　でもその正当化のためは、これからも人々を救うために殺し続けなければならない。　その正当化のためならば、母親と慕っていた人さえも殺してしまう。　そんな切嗣の異常性が描かれたエピソードでした。

ナタリアを助けて、かつグールの蔓延も抑える方法もありえたと思えます。　「伝染病が蔓延している」と申告して隔離させるとか。　でもその手段を取らずにより確実な、非情な手段を採ったのは、自分自身への罰だったのではないでしょうか。　父を殺した自分に、家庭の幸せなど許されないという。　彼は本編でも、必要以上に非情な行動を採っていますが、あれも自分を罰し続けていると考えれば納得できます。

男が泣いていいのは、人生で3回だと言います。　生まれた時の産声と、両親が死んだ時ですね。　切嗣は父親を殺した時には泣きませんでしたが、ナタリアを殺したときには子供のように泣きました。　彼にとって、本当の親以上に親だったのでしょう。　そしてこの時以来、切嗣は泣くことは無いのでしょう。

聖杯戦争は、英霊による名誉ある戦いに見せかけて、本質は非情な殺し合いでした。　切嗣は、そんな聖杯戦争を戦うために打ってつけの人材です。　でもセイバーはそうではなく、あくまで英雄として聖杯戦争を戦おうとしています。　切嗣が非情に徹するようになった根はとても深いわけですが、それをセイバーが変えることができるのかが、今後の見所となるのでしょう。

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