メルクマール

全然関係無い話から入るのですが、『ソフトウェア工学』という学問があります。　ソフトウエアの設計や開発を、システマチックにやろうというもので、これの究極の目的は、開発作業をシステム化・文書化することで、誰がやっても同じ品質のソフトウエアが作れるようにすることです。

確かにそういうアプローチも必要なのですが、ソフトウエアの勘所というのは、文書化できない部分にあり、開発者個人の能力に依存する部分があるものです。　ソフトウェアがユーザーにどう使われ方を想像し、より良くなるようにこだわって作ってこそ、いいものになるのですよね。　そしてその手法は、文化として会社や開発チームに伝承されます。

女将は、お客様との接し方を帳面に付けていましたが、それは会社のノウハウとして文書化したものではなく、女将が自分のためにメモしたものでした。　他人に見せて、単なるノウハウとして使われるのは違うと想ったのでしょう。　女将の経験と心構え（スピリット）があってこそ、生きるものだからです。　ソフトウエアと同様に、「文書通りにやれば、誰でも同じサービスができる」とは行かないのですね。　人が相手なので、さらにデリケートなはず。

だから、女将があの帳面を人に渡すということは、後継者に後を託すことと、ほとんど等しいと思えます。　自分のやり方を叩きこみ、スピリットを理解した人にしか、あの帳面は生かせないから。

病室で、女将が帳面のことを口走ったのは、発作で気弱になって、自分に何かあったら、緒花に後を譲ろうかと考えてしまったのでは。　まだ早いと、思いなおしたようですが。　緒花は経験はまだまだですからね。　でも、一瞬でもそう思ったのは、自分のスピリットは伝わっているはずという想いがあるのでしょう。　そのために厳しく教えてきたわけで、だから「頼んだよ」という、いつにない言葉も出たのです。

実際、帳面を見た緒花は、これまでの女将の教えを思い出し、「女将ならばお客様に差を付けたりしない」と言い切って、行動します。　やり方は無鉄砲かもしれないけれど、女将のスピリットは、確かに伝承されていました。

それでなくても大変な状況で、トラブルが重なるのはよくあることです。　でも、それを乗り越えるこえた経験は自信になり、緒花も喜翆荘も一皮むけることができるでしょう。　緒花の奮闘に期待しています。

ポチっとして頂けると励みになります！↓