メルクマール

僕も趣味でゲームを作っていましたし、仕事上も多少関係あるのですが、作者はゲーム制作についてよく取材されたようで、説得力があったと思えます。

まず、二人が作るゲームは”ダンジョンRPG”と”ノベルゲーム”ですが、実際、少人数で短期間で作れるゲームは、その2種類か、あとは2Dシューティングゲームくらいでしょう。

特にダンジョンRPGは、少ないデータ量でもゲームのボリュームを出すことができるので、低予算ゲームに向いています。 　ただし、部長が言った通り、バランス調整がキモになるのですが、そこは瀬菜が得意だということで、 なんとかするのでしょう。

ノベルゲームは、プログラミングが容易なのと、調整期間が不要なのがメリットですね。　ただし、大量のテキストが必要で、そこは黒猫が超速で書けるということでした。　文字の量をバイトで言うのは、いかにもゲームのシナリオライターです。　ゲームのシナリオの発注は、文字数や枚数ではなくバイト単位なんですよね。 　原稿用紙のような段組みが決まっていないからです。

二人のプレゼンが、見事に対称的でした。　瀬菜はゲームの内容を端的に説明し、ターゲットを明確にし、工数を見積り、サンプルまで用意していました。　お手本のようなプレゼンです。　一方で黒猫は、設定資料ばかり充実しているという、ダメなプレゼンの見本でした。

これだけ見ると、どう見ても瀬菜の勝ちですが、設定に難があってコンペには負けてしまいました。　もし僕がプロデューサーなら、瀬菜のゲームシステムと、黒猫のシナリオでゲームを作らせたいところです。

黒猫のゲームの完成間近で、バグがてんこもりなことが発覚してピンチ、という展開ですが、普通に作れば、ノベルゲーはそれほど酷いことにはならないはずです。　ベタにプログラムを書くのではなく、『吉里吉里』のようなゲーム制作用のスクリプトを使うものなので。　なのに、部長もお手上げの事態になったのは、いくつかミスがあるというレベルではなく、設計的に全然ダメで、作り直すしかないような事態だったのでしょうね。　スクリプトと言えどもプログラミングなので、それなりに設計を考える必要があり、それがダメだとバグが収束しないことはありえます。

瀬菜は、上級生が無理だといったデバッグをやってしまったわけですが、実際、バグ解析に特異的な能力を持つ人はいます。　僕の同僚にも、ソースコードもシンボルも無い（つまり機械語しかない）のに、人の書いたプログラムのバグを特定できる人がいて、あれこそ魔眼遣いとしか思えません。

かくして、シナリオや作画の手が速い黒猫と、プログラミング技術の高い瀬菜のコンビネーションで、見事コンテストに間に合ったのでした。立派なものです。　クソゲー大賞に選ばれたようですが、悲しまなくていいと思いますね。　同人なのだから、9人に貶されても、1人が気に入ってくれれば成功です。　「クソゲー」と最初に呼ばれたのは『いっき』というゲームで、以後数々の伝説のクソゲーが生まれましたが、それらは愛されてもいるのです。

桐乃は登場しませんが、そこにいなくても、黒猫に影響を与える存在感があります。　黒猫は才能のある桐乃に刺激されて、自分も何かを成し遂げなければならないと奮起したのです。　また、桐乃という友達を得たことで、友達が良いものであることを知り、自分に無いものを持っている瀬菜とも友達になりたいと考えたのでしょう。　瀬菜に頭を下げた黒猫は、確かに成長しました。

仲間と協力してゲームを仕上げたことで、得るものは多かったはずです。　そういえば僕も、高校生の頃にゲームをコンテストに投稿して、たいした賞はもらえなかったけれど、あれが今の糧になっていると思えます。　若い頃は、結果がどうあれ、やり遂げれば必ず何かが残るものです。　いい青春ストーリーでした。

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