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森次さんの”原体験”について語られた回でした。鉄のラインバレル 第21話 『狂気の翼』 の感想です。

原体験とは、”人格形成に大きな影響を及ぼした体験”のことです。森次は子供のころ『正義の味方』を実践していたつもりだったけれど、その行為が姉を死なせることになってしまい、「正義を行うには、目の前の敵を倒すだけじゃダメだ」ということを思い知らされたのでしょう。ではどうすれば、姉のような犠牲者を出さない世の中にできるのか。その答えを加藤機関に見出したから、協力しているのだと思われます。

加藤の言う理想の社会がどういうものなのか、ますます気になります。森次を魅了し、石神社長も一時は共感していた理想とは。 「想像せよ。それが生きるための力そのものだ。」という加藤の言葉にヒントがあるのでしょうけれど。

森次は、何のために山下を呼び出したのでしょうか。「自分を捨てて行ってしまった」と思っていたら可愛そうだから、その気があるなら同行するチャンスをやろうという優しさかな。 でも積極的に仲間に誘う気も無いようで、いつもの突き放しぶりで山下を怒らせてしまいました。

森次は、山下に戦い方を教えているようでもありました。以前に早瀬に対してもそうしていたように。 森次が言うように、遠距離狙撃の得意なアパレシオン(矢島のマキナ)が加わったことで、ハインド・カインドの役割が変化するのは当然です。そもそもハインド・カインドは、遠距離や地形の影からの間接砲撃向きの機体で、リフレクター・コア(情報収集用の遠隔操縦ユニット)はその観測用の装備のはず。 ゆえに戦線の後方にいて、情報を収集しつつ、敵を削るための砲撃を加える、というのが正しい運用でしょう。でもそう使われていないことに、森次は敵側にいながらも歯がゆかったのかもしれない。

桐山は、16話であのまま死んだのでは単なる道化だと疑問に思っていたのですが、やはり見せ場がありましたか。彼は自分自身の理想というよりは、森次のために殉じたようで、そのこだわりはちょっと異常な気もします。彼と森次の間には何か特別なことがあったのでしょう。

桐山はDソイルが暴走したことによって死んだようですが、それは前回、美海が早瀬を守るためにやろうとしたことに近いのでしょうか。マキナはフルパワーを出すとファクターを殺すのですね。ラインバレルのBモード発動で、絵美があれだけ心配する理由もそのあたりにあるのでしょう。今後も『自分の命を捨てて全力で戦うか』という選択を迫られることになるわけだ。

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朋也と汐の日常をコメディタッチで描きつつも、汐の散歩シーンが不安感を煽り、ラストシーンにつながりました。辛いヒキですね。クラナド CLANNAD アフターストーリー 第20話 「汐風の戯れ」 の感想です。

この『街』は何なのでしょうか。朋也は以前から、自分のトラブルの源は『街』だと考えているようで、街から出たいと常々言っていました。一方で、街が変わっていくことには”生理的”とさえ言える不快感を表しています。朋也の『街』へのコダワリは普通ではありません。

実際のところ、この街は実在していなくて、現実世界とは繋がっていないのでは?と以前は思っていました。つまりこの街も『幻想世界』だろうと。 でも、汐との旅行で街の外に出ていますから、「おや、やっぱ現実と繋がってるんだ」と多少意外に思ったものでした。 いずれにしても、普通の街では無くて、そこが核心なのでしょうね。街と幻想世界がどう繋がるのか。

汐が散歩していた病院は、元はアッキーが「渚を助けてくれ」と願をかけた森ですよね。そして汐は渚と同じ病気を発症したと。2人はどこかで繋がっていて、生まれ変わりと言えるのかもしれない。だんだんファンタジーらしくなってきました。

「神は奪い、そして与える」と言いますが、この街は何を朋也から奪い、そして与えるのか。最終的に救いは得られるのか。汐が不幸になるところだけは見たくないと思いますが。 次回の「世界の終わり」というサブタイトルの意味が気になります。

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実乃梨の一番の味方は、実は亜美なのかもしれない。 今回は亜美を中心に書きます。とらドラ! 第21話 「どうしたって」 の感想。

亜美の考えていることは分からないと、ずっと思っていたのですが、思い返せば、亜美は一貫して竜児と実乃梨にハッパをかけていたんですよね。嫌味っぽい言い方ではあったけど、「罪悪感は無くなった?」というのは、「もう罪悪感を感じる必要は無いはずだから、竜児にアタックするべき」という意図だったろうし、「いつまでパパ役やってんの」というのは、「大河の面倒を見るのはいい加減にして、想い人である実乃梨にアタックしろ」という意味だと、今では思えます。

亜美も竜児のことが好きなのだろう、と思えるシーンはいくつかありましたが、彼女はあれで友達想いで、竜児と実乃梨は両想いなのだから、2人が一緒になるのが一番良い、と理屈では考えているのでしょう。別荘の回で、語り合う竜児と実乃梨を遠くから眺める亜美の描写がありましたが、あの頃からそう考えていたのかもしれません。

でも実際には、亜美のやっていることは逆効果になっています。実乃梨が竜児を避けるようになったのは亜美の言葉がキッカケだし。それに罪悪感を感じていた亜美は、局面打開のために、実乃梨を怒らせて本心を聞く作戦に出ましたが、これも失敗してしまい、彼女らしくないくらいに落ち込んでいました。ぶつかってきた実乃梨にキレたのも、その落ち込みの反動でしょう。

そうやって『逆効果』なことをしてしまうのは、心の底では、やはり竜児と実乃梨がくっつくのは面白くない、と思っているせいかもしません。そういう、『本心の下にある本音』を意識しないと、この物語は理解できないと思えます。
”本音”は”本当の音”と書きますが、考えていることよりも、言葉にしたことのほうが実は”本音”ってことはあるものです。

「自分の心が一番わからない」というのは亜美の言葉ですが、実際、自分の心が一番ままなりません。例えば、何か嫌なことがあって、いまさらクヨクヨしても仕方ないじゃん、と理屈では分かっていても、どうしてもクヨクヨするのがやめられない、という経験は誰にでもあるでしょう。人間関係で失敗したなら、その人と会わないようにする手もありますが、自分の心と会わないわけにはいかないのが厄介です。
スイッチを切り替えるように、「もうこのコトは考えない」と心を切り替えられるなら、どんなにいいかと思います。ヒロインズも、きっとそんな気持ちなのでしょう。

北村はどうなのでしょうか。彼は全部お見通しなのか、本物の天然なのかどちらかだと思っていましたが、どうやら後者なのかな。高須が実乃梨を好きだと知って、心底驚いた様子でした。失恋大明神としては、竜児と実乃梨をくっつけることが、大河の願いを成就させることになるのでしょうか。

大河はずっと、竜児に自分の恋愛の相談をしていたのが、最近パタっとしなくなったと思ったら、いつのまにか相談役は北村になっていたのですね。恋愛対照と相談役がスワップする、というのは王道展開ではあります。いよいよ大河が焦点になるということでしょう。

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いわゆるシンギュラリティものなのでしょうか。宇宙をかける少女 第8話 『暗闇へのいざない』 の感想です。

コンピュータの反乱というのは、古典的で使い古されたテーマではありますが、近頃のSF界では『シンギュラリティもの』の要素として流行しているようです。

シンギュラリティ』とは、この場合『技術的特異点』と訳されます。ここ数十年、科学技術において画期的な進歩はあまり無かったのですが、近いうちに爆発的に進歩する時があり、そこから先に文明がどうなるかは予測不能のカオス状態になる、という考え方です。

その”爆発的進歩”のキッカケになるのは、AI(人工知能)の進化か、脳の強化(コンピュータへの接続)とされています。それらは生身の人間よりも遥かに優れた思考力を持つ存在なので、科学技術が一気に進歩するはず、という理屈。

前者の、AIが進化するという考え方の作品としては、ケン・マクラウドの『ニュートンズ・ウェイク』や、チャールズ・ストロスの『シンギュラリティ・スカイ』が有名です。両方とも、人類がAIに支配された未来を描いていますね。

シンギュラリティものの特徴としては、”おもちゃ箱のようなハチャメチャっぷり”があります。なにしろ科学がものすごく進んでいますから、ほとんど魔法みたいなことが可能になっていて、ドラえもんの秘密道具のようなガジェットが次から次へと登場します。そういうところが僕は好きですね。

で、この作品ですが、コロニーを制御するための大規模なAIを作ってみたら、AIが自己学習するうちに予想外に進化してしまい、シンギュラリティが発生した、ということなのかなと。

レオパルドやネルバルは、ワープ(時間転移?)のようなオーバーテクノロジーを持っているようですし、内部はかなりのカオスっぷりで、シンギュラリティっぽいと言えます。いつきの専門の、いわゆる”怪奇現象”も、彼女たちがそう理解しているだけで、実はオーバーテクノロジーの産物ではないでしょうか。

かなりガチャガチャした印象もありますが、そういう雰囲気を楽しむべきなのでしょう。さらにSFなフレーバーを出してくれると、SFファンとしては嬉しいところですが。

いつきの悪霊退治のシーンは良かったですね。悪霊をテクノロジーで退治する描写は、サイレントメビウスを思い出しました。

あのモンスターは舞-HiMEのカグツチかと思いましたが、色が似てるだけでした。子供を叱ったらキレるとは、これがモンスターペアレントって奴か。

今回、いくつかの謎が明らかになりましたが、ほのかの存在はまだ謎ですね。風音もほのかのことを知っているようですし。最近出番が少ないので、ほのかを掘り下げる回を期待しておきます。

”宇宙をかける少女”の意味についても、まだ不明です。レオパルドが反乱軍側についた理由とも、関係があるのでしょう。

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話がずいぶん大きくなっちゃったなーという印象ですね。RIDE BACK -ライドバック- 第7話 「罰と×」 の感想です。

学園青春モノから戦争モノになるのは分かっていましたが、もっと局地戦的な話かと思ったら、琳はGGP対BMAの争いの焦点になってしまいました。ここまでおおごとになると、ライドバック部の連中が関与する余地が無さそうなのが残念です。

今回はひたすら、琳の落ち込んで憔悴した様子が描かれていました。無理もないですが、ここからどう復活するのか気になるところです。またライドバックに乗りたいと思えるかどうか。

琳は心の中で母親に助けを求めて、「踊ってばかりいないで教えてよ」と言っていました。自分から母親を奪ったバレエを恨んでいるのかもしれず、彼女がバレエを辞めた原因の一つなのかもしれません。

バレエのかわりに夢中になれるものとして、ライドバックを見つけた琳でしたが、その才能ゆえに人を傷つけることになってしまい、自分の才能を呪われたものと考えているのではないでしょうか。

かなりの欝展開で、ここからスカッと楽しい展開になることは想像しにくいですが、見守りたいと思います。

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今回特に注目したいのは、ルイスが『人類初のイノベイター』になったというところです。機動戦士ガンダム00 セカンドシーズン 第20話 『アニュー・リターン』 の感想と考察。

ルイスは、リボンズのテクノロジーのおかげで、擬似GN粒子による細胞障害を薬で抑えつつ、イノベイターに進化したらしい。それで思い出させるのは、前回の刹那の件ですね。

刹那も、やはり擬似GN粒子のせいで細胞障害を起こしつつも、そこから復活し、リボンズに「まさか、変革を始めたというのか」と言わせしめていました。
ここで言う”変革”とは、僕の予想では『普通の人がイノベイター相当に進化すること』なので、この二つの事実からすると、『擬似GN粒子による細胞障害』 と 『変革(イノベイターになること)』には関連があるのでは、と思えてきます。

ここから例によって妄想なのですが、”細胞障害”というのは実は障害ではなく、『細胞が進化している』のではないでしょうか。

ガンダム00の世界では、腕がちぎれたくらいの怪我は『再生治療』によって治癒できるようです。古典SFの”レンズマン”で既に、脳の”松果体”を刺激することで、大怪我をしても脳さえ無事なら、体はトカゲの尻尾のように再生できる、という技術がありましたが、それに近いものでしょう。

人体の組織の再生力を刺激して怪我を治すのは結構なことなのですが、その場合、細胞のガン化には気をつける必要があるでしょう。ガン細胞は常に体内で作られていて、健康な人は免疫力によって排除しているのですが、人工的に代謝を高めている状態では、細胞のガン化も進みやすいはずで、ガン細胞が発生したらすぐに排除する仕組みがあるはずです。

で、擬似GN粒子に侵された場合なのですが、『細胞が進化しようとしている』状態を、再生治療装置は『異常な細胞の発生=ガン化』と判断して排除してしまい、結果として再生治療がうまくいかない、というのが僕の仮説です。

リボンズはもちろん心得ていて、”擬似GN粒子の毒性を弱める薬”みたいなことを言いつつ、実際にはそれは擬似GN粒子による細胞の進化を助ける薬であり、結果的にルイスは変革した=イノベイターになった、ということかもしれません。

刹那についてはよくわかりませんが、ソレスタルビーイングが所有している再生治療装置にはヴェーダ(イオリア)の息がかかっていて、世間一般の装置とは違い、擬似GN粒子による細胞の進化について知っていて、ガン細胞と誤判断しないのかもしれません。 もちろん、ダブルオーライザーの影響という可能性もあるでしょう。

追記:
コメント欄でチャゲさんに指摘されて気付いたのですが、”変革”がリボンズの目的だとして、人類をイノベイター化してリボンズに何の得があるのかということです。
今回、リボンズがルイスやアニューの精神を操っているような描写がありましたよね。リボンズにとって”変革”とは、人類を操り人形にすることであって、ルイスはそのテストケースなのかもしれません。


ルイスの新型モビルアーマー『レグナント』は、ビームが急角度で曲がってました。あれはどうなってるんでしょうか。

そもそも、MSやMAが撃ち合っているビーム砲ですが、あれはGN粒子のビームなんですよね、きっと。使いすぎると粒子が無くなるようですし。GN粒子には、ビーム砲用の粒子として都合の良い特性があるのでしょう。

いわゆる粒子ビーム砲に必要な性能は、”粒子を高速に撃ち出すこと”と、”粒子を遠くまで届かせること(拡散させないこと)”ですが、この二つを両立させるのは難しかったりします。

”高速に撃ち出す”には、電磁力を使って加速するのが効率が良くて、電子・陽子やイオンなど、極性を持つ粒子を使いたいところです。ところが極性を持つということは、粒子同士が反発しあうので、どうしても飛んでいるうちに拡散してしまい、射程が短いわけです。

中性子のような極性を持たない粒子は、拡散しないので遠くまで届きますが、これは加速するのが難しいのです。中性子ビームは、ビリヤードのように原子核に陽子ビームをぶつけて中性子をはじき出す方法で作られますが、四方八方に飛び散るので、ビーム砲に使うには効率が悪いでしょう。

GN粒子は、容易に加速できて、かつ拡散しにくいという夢の粒子のようです。バリアーにもなるので、拡散しにくいというよりは、ビームの形を保つような能力があると思えます。粒子を満たすための空間を曲げるくらいのことをしているのかも。

超ロングビームサーベルのトランザムライザーも、その”ビームを整形する技術”の一環なのでしょう。となると、それがさらに進歩すると、ビームを自在に曲げることもできそうな気はします。

でもこれは、案外脆弱なのかもしれません。攻撃側がビームを曲げられるなら、防御側もそれに介入してビームを曲げられるかもしれず、いきなり意味が無くなってしまいます。そういう展開は面白いと思うのですがどうでしょうか。


それにしても、このところイノベイターはいいところが無いというか、プライドが高いわりには負けっぱなしですよね。破滅の闇日記さんに、「アカギならリボンズを麻雀で倒せると思います。」 と書かれていて笑ってしまいました。 リボンズはあくまで「すべて予定通り」という顔をしていますが、これから本領発揮となるでしょうか。

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いい最終回、って感じでしたね。鋼殻のレギオス 第7話 「複合錬金鋼、復元」 の感想です。

これまでバラバラだった17小隊が、強大な敵を前にして、ついに一つにまとまったというお話でした。その過程はなかなか良かったと思います。これまでずっと一人で(個人技で)戦ってきたレイフォンが、初めて仲間を見出したということでもあるのでしょう。

レイフォンには当初の突っ張った様子は全く無く、すっかり”いい人”になりましたが、そもそもこういう人なんでしょうね。優しいがゆえに戦うことをやめられないという。ツェルニに移ってきて、当初は「自分は一市民だから関係ない」と言っていたのだけれど、ツェルニに友達や仲間ができてしまい、その人たちを守るためには戦うしかない、と心を決めたようです。

というわけで、『17小隊の結束』と『レイフォンの覚悟』という当初のテーマは解決したように見えますが、これからどうするのでしょうか。2クールなのでまだまだ先は長いですけれど。グレンダンのほうの伏線が、これから生きてくるのでしょうね。英語パートも引っ張りますな…

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親に感謝の言葉を言えますか? クラナド CLANNAD アフターストーリー 第19話 「家路」の感想です。

難しいですよね、たとえ心で思っていても。 自分語りをしてしまいますが、うちの父親は厳格で、機嫌が悪いときは殴られたりで、怖くて好きじゃなかったのです。でもなぜか、幼い頃の思い出を探すと、父親とタケノコ狩りに行って、竹鉄砲を作ってもらったことを真っ先に思い出すのですが。

就職して家を出るときに、やや冗談めかして、「これで独立するけど、これまで育ててくれてアリガト」と言ったら、父親が目を押さえてうつむいてしまい、泣かせてしまったようで驚愕しました。父親がそんなふうに感情を出すところさえ、初めて見たから。

でも自分が親になってみると、その時の父親の気持ちがわかります。子供を一人前に育てることは途方もない道のりに思えて、これを「やり終えた」時には万感の思いが胸に迫るのだろうなと。いま想像しただけでもクルものが。

直幸(父親)は、そもそも脆い人だったのだろうけれど、決定的に崩れたのは、朋也に怪我をさせてスポーツ選手の道を諦めさせた時でしょう。自分のせいで朋也の人生を台無しにし、不良にしてしまったと。その自責の念につぶされてしまった。

でも今回、朋也が訪ねてきて、孫に引き合わされ、息子がいつのまにか一人前の男になっていたことを知りました。「やり終えた」ことを知ったわけです。それでも直幸はあまり感情を表さず、一見手ごたえがないですが、朋也には確かに伝わっていました。僕にはあの時わからなかったけれど、すでに父親になっている朋也には、直幸の気持ちが分かるのでしょう。「やり終えたのか」という言葉だけで、全部伝わったのでしょう。この抑えたシーンはとても味があり、感動的でした。

『家路』というサブタイトルもよいですね。”やり終えた”直幸は母親の待つ家に戻り、汐は朋也の家に居場所を作った。朋也にとっても、家族が待つ家ができたわけです。迷える人々が、落着く場所を見つける物語だったのでしょう。

汐はまだ、新しい生活環境に移り、知らない人にたくさん合って、順応するのに精一杯という感じでおとなしいですけどね。でも子供はすぐに環境に慣れますから、次回から本領発揮なのでしょう。次回予告のほとんどが汐のアップでした。

光の玉を見たのが汐だったのは、なぜでしょうか。これまでは朋也にだけ見えていたのに、今回は朋也には見えなかったようです。光の玉のオーナー?が代替わりしたということなのかな。

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キャシャーンとルナの”感動の再会”は、無いだろうなと思いつつもどこかで期待していたのですが、やはりありませんでした。キャシャーン sins 20話 「誰がために花は咲く」 の感想です。

アバンのルナの様子に、まず違和感を覚えました。なんとなく、ルナはもっと大人っぽくて、母性を象徴する存在だと思っていたのですが、本格的に登場したルナはまるで子供で、幼い感じさえします。そのせいか、『教祖に祭り上げられた子供』みたいな痛々しさがありますね。

あのルナは本物かどうか、ですが、たぶん本物なのでしょう。ずっと側にいたドゥーンが本物だと思っているので。では、ルナは以前と変わってしまったのでしょうか。

変わったとしたら、キャシャーンのせいはあるのでしょうね。例えばキャシャーンの”血”のために、ルナの癒しの力が弱くなって、限られた人しか癒せなくなったとか。

そのため、なるべく多くの人を助けるためには、「助かる可能性の高い人から助ける」という非情さが必要になり、それの辛さがルナの精神を蝕んだ、という可能性はありそうです。

あるいは、実はもう本来の癒しの力は持っていなくて、『病は気から』的なプラシーボ効果で、精神的な癒しを与えているだけなのでしょうか。ドゥーンの「太陽は何も与えない」というセリフは、そのことを仄めかしているようにも取れます。だとするとますます、死にそうな人はどうしようもないわけで、無力さを思い知るので見るのも嫌だと思ってしまうかもしれません。

キャシャーンは、そんなところまでは考えが及ばないようで、ただ怒っていますね。「弱いものは守るべき」という父性の塊のようなキャシャーンには、ルナのやり方は受け入れられないのでしょう。

そもそもキャシャーンは、ルナと会ってどうするつもりだったのでしょうか。自分の罪を許されたい? ルナを守りたい? 世界が滅びから救われる可能性を確認したい? いろんな思いがないまぜになっているのかな。

ルナが期待とは違う存在だったことで、キャシャーンはこれからどうするのか。そうこうするうちに、レダがやってきて物語が動くことになりそうですが。

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5人組のうち、竜児以外は恋愛から引いてしまっている様子で、竜児の出方次第ですが、肝心の彼の気持ちはどうなのだろう。とらドラ! 第20話 「ずっと、このまま」 の感想です。

大河はかなり様子が変わって、ある種しっかりしたようですが、これは亜美が言うところの「大怪我した」結果なのでしょうね。竜児が自分にとって大切な存在であることに、クリスマスの晩に気付いたけれど、竜児はみのりとくっつかなければならないから、自分は今後もずっと一人で生きていく、という覚悟をしたのでしょうか。

北村と普通に話せるようになったということは、熱が冷めたということなのでしょうか。自分が本当に好きなのは竜児で、竜児といられないなら一人でいい、とまで思いつめているのか。

みのりもそういうところがありますが、『失恋 → ずっと一人で生きていく』 という思考経路は女性特有かもしれません。女性の場合、恋愛と結婚がより強くリンクしていて、高校生でさえこれくらい思いつめてしまうのかも。自称『行き遅れ』のゆり先生が、そういう生きかたのお手本?なのでしょう。これが本当の反面教師か。「人生思いどおりにはなんねーぞ」だし。

みのりの竜児に対する思いは、やはり複雑なものがあるようです。”竜児が好きなんだな”と思えるサインは明らかに増えていて、ひとつひとつがとても可愛いですが(信号の演出も秀逸でした)、一方で『嫉妬』についても話していましたね。弟に嫉妬しているという話ですが、あれは竜児に嫉妬していると言いたいのでしょう。

みのりと大河は親友のはずなのに、1年以上家を訪ねていないというのは意外でした。断片的にしか語られませんが、おそらく大河と父親の仲を取り持とうとして失敗して、大河を傷つけてしまい、それ以来、深く関わることを怖れるようになったのでしょう。とても繊細で臆病な子です。彼女には竜児の無神経さが羨ましくもあり、苛立たしくもあるでしょうね。

亜美と大河が接近しているのは、同じフラれ組ということなのでしょうか。やっぱ男より女友達だよね、という心理なのかも。亜美は忠告ばかりしていますが、自身がどうしたいのかは図りがたいです。
彼女にしてみれば、仲間内でくっついたり離れたり、友達に励まされて告白したり、なんて子供っぽい恋愛沙汰(と言ってしまってはおしまいだが)は見ていられないんでしょうけれども。

北村は、会長との失恋の痛手から回復していませんね。会長のことになると、いつものようにおちゃらける余裕もない。彼はこのところ蚊帳の外ですが、このまま”当て馬優等生キャラ”で終わるのか。

で、問題は竜児ですよ。「全部燃えてなくなればいい」とか口走っていて、できればみのりに告白する前に戻って、”ずっと、このまま”の仲良し5人組でいたいと思っているようです。

それでも彼は、大河が自分のためにがんばっているからがんばろう、ということで告白するつもりですが、彼の気持ちはどうなのかと。いや、僕はみのり派ですから、竜児とみのりがくっつくのは歓迎ですけど、肝心の『竜児のみのりへの想い』が語られないのが気になります。「大河ががんばってるから俺も」の一辺倒なんですよね。

次回は修学旅行で、しかも雪山ということで、お約束のアクシデントがあったりするのでしょうか。なんにしろ、5人の関係は”ずっと、このまま”には戻れないところに来ているのでしょう。

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桜の『多世界解釈』うんぬんのセリフは、この物語のSF的な世界観を表しているのか、そうでもないのか。宇宙をかける少女 第7話 『神々の闘い』 の感想です。

以下は桜が言ったこと(の翻訳)ですが、大部分は意味がないと思っています。

ネルヴァルは、局所宇宙の多世界解釈に基づく水素と酸素分子に偏在に対するシェーンブルク補正により、氷の時間的安定同位体の存在確立を確定。これは同時にベドノルツ効果による位相の転移現象を引き起こし、その結果として時間的安定同位体は理論上、無限大の強度を持つんだぁ。

”シェーンブルク補正”や”ベドノルツ効果”はたぶん架空の(未来の)理論で、雰囲気を出しているだけでしょう。(ベドノルツという物理学者は実在しますが)  ”確立”は”確率”の間違い?

桜が言いたいことは、要するに、「ネルバルの凍結攻撃は普通の氷ではなく、氷の”時間的安定同位体”だから、とっても強いんだぁ。」といったところでしょう。
安定同位体”とは”放射性同位体”の対義語で、単に”安定な原子”という意味ですが、ここではたぶん違う意味で、”時間的”というのがミソだと思えます。

時間”というキーワードに着目すると、まず思いつくのが前々回に出てきた『タキオンソード』という武器です。タキオンは光より速い素粒子で、時間を逆行するとも言われ、タイムマシン・テーマではよく使われるSFネタです。

あと、1話で特に描写されていましたが、レオパルドがワープした?場所には、古いモノ(乗り物とか家具とか)が散乱していました。これは何を意味しているのでしょうか。

予想なのですが、レオパルドはタイムマシンなんではないかと。少なくとも過去に行って、戻ってくる能力があるのでは。 ワープしているように見えるのは時間転移だと考えます。

ネルヴァルもワープ(転移?)していたので、同じ能力を持つのでしょう。だとしたら、『人類の敵』と呼ばれるのも理解できます。タイムマシンは最強の兵器ですからね。負けた戦争を勝ったことにすることも、敵が存在しないことにするのも思いのままです。もちろん、何らかの制約はあるのでしょうけれど。
「神々の闘い」という大げさなサブタイトルですが、時間(因果律)を操る存在であれば、神と呼んでもいいかもしれません。 

桜の言う”時間的安定同位体”とは、”どの時間にも存在する物質”というような意味じゃないかな。タイムマシンであるレオパルドは、時間転移することでいつでも逃げられるのだけれど、"時間的安定同位体”による攻撃からは逃げられない、という設定ではないでしょうか。
時間的に安定ということは、時間が経っても変化しないわけで、つまり理論上は無限に強い、ということでもあるのでしょう。レオパルドは、何らかの力でそれをキャンセルしたようですが。

高嶺の戦闘シーンが、とてもカッコよかったですね。QTアームズの戦闘よりむしろこちらのほうが…。月面で、何の装備も付けずに活動していたように見えますが、それは能力者だからか、あるいはサイボーグだからか。

獅子堂家は、ネルヴァルに対抗するために超法規的な権限を与えられているようです。カークウッドコロニーのミラーを勝手に制御する描写は、彼らの権力を表すうまいエピソードでした。なかなかスペクタクルでもあり。
獅子堂家が、SFによくある『時間監視官』的な存在だとしたら、その性質上、世襲制というのもありそうな話です。『宇宙をかける少女』の称号も世襲なのでしょうか。秋葉は正式に襲名したようですが。

獅子堂家とネルヴァルが対立関係にあるとして、公安はどうなのでしょうか。ネルヴァルのことを知っているのかどうか。単純な善玉悪玉の構図では無い気がして、今後の展開が楽しみです。

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GGPの恐ろしさや理不尽さを印象付けるエピソードでした。RIDE BACK -ライドバック- 第6話 「電光石火ライド」 の感想です。

民主主義社会においては、体制に反対して声を上げる権利があります。また、その行為が体制によって不当に抑圧された場合には戦ってもよいのだ、という抵抗権という考え方もあります。フランス革命やアメリカ独立戦争は、その考え方で行われたものですね。

そういう抵抗運動と、テロリズムとの境目は難しいのでしょう。本来テロリズムとは、「恐怖を利用して政治目的を達成しようとすること」です。でも体制側としては、反対者にとりあえずテロリストのレッテルを貼って、「テロリストには人権は無い」とばかりに抑圧できると便利でしょう。過去にも、労働運動とか、マハトマ・ガンジーの抵抗運動などがテロリズムと呼ばれて抑圧されました。その中には、不当なテロリズム呼ばわりもあったでしょう。

GGPは、敵対者を容赦なく"テロリスト”と呼んで弾圧する方針のようです。降伏している相手に攻撃するなど、戦時国際法も守るつもりが無いらしい。とにかく徹底的に”悪役”として描写されています。

一方で、BMAは捕虜を取って立て篭もったりなど、いかにもテロリストな行動をしていますが、捕虜に危害を加えてはいないようだし、要求も「GGP幹部との公開討論」という穏当なものでした。こちらは比較的”善玉”として描写されている気がします。

琳は遂に捕まってしまい、『平和な日常』はこれで終わりを告げ、GGPをめぐる争いに本格的に巻き込まれるのでしょう。無力な市民に過ぎない彼女が、一人でできることは限られているわけですが、どうなるでしょうか。

暴走族騒ぎはGGPの自作自演でしょうけれど、この狙いは何でしょうか。ロボ形態にもなれない素人を相手にして、実戦テストになるとは思えないし。 白ライド導入のための口実に使うとしたら、暴走族を痛めつけるのはマズいのでは。彼らも一応市民ですし。ニュースでも言っていたように、警察の武装化を懸念する声はあり、むしろそちらが大きくなってしまう可能性があります。

たぶん、事態はもうそんなところではなく、白ライドの威力を市民に見せ付けることで、恐怖による支配を強めようとしているのでしょう。つまりGGPがテロリストそのもの、なんですよね。そういう世界観が印象づけられた回でした。

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「まさか、変革を始めたというのか…」とリボンズは言っていましたが、『変革』とは何でしょうか。機動戦士ガンダム00 2nd season 第19話 『イノベイターの影』 の感想と考察です。

リボンズは刹那を暗殺するつもりだったのですね。サーシェスが撃った弾丸には擬似GN粒子が仕込まれていたと思われ、それが刹那に細胞障害を引き起こし、今頃は死んでいるハズだったらしい。なのにピンピンしていることにリボンズは驚き、前述の「変革を始めたというのか」というセリフを漏らしたようです。

僕は10話あたりから、「やがて普通の人が脳量子波等の能力に”覚醒”し、人類が進化する話になるのでは」と妄想していたのですが、”変革”とはつまり、そういうことだろうと予想します。
脳量子波はおそらくGN粒子を媒介とするサイコウエーブで、ツインドライヴによる濃密なGN粒子のフィールドにいると、普通の人でも脳量子波で交信できるようです。刹那は常にその中心にいるので、GN粒子の受容力?が強化され、真っ先に”変革”しはじめているというのは、ありそうな話です。その”変革”により、擬似GN粒子の毒性は中和されるのかもしれません。

普通の人間が”変革”することは、イノベイターが優位性を失うことを意味しており、リボンズにとっては由々しき事態でしょう。なので、彼が00ガンダムの奪取にこだわるのも当然です。

『GN粒子は便利すぎる』 とは誰もが思うことですが、そもそもGN粒子は、人間の精神や意識に深く関わっているものなのかもしれません。前回も少し書きましたけど、『意識』の正体は不明で、脳の処理を真似たコンピュータを作ってみても、今のところ意識のカケラもありません。でもそれは、脳を神経と電気パルスによる『電気システム』と考えていることが間違いなのかも。

ここから電波系が入った話になりますが、”意識”は脳にあるのではなく、どこか別のところに”超意識”のようなものがあり、脳はそれを受信するアンテナに過ぎない、という考え方があります。問題はどうやって通信しているかですが、距離と時間に関係なく通信できる手段があり、脳がそれを受け取ることができるなら、それもアリかもしれません。つまり、GN粒子と脳量子波があれば可能でしょう。

普通の人が、脳量子波で超意識と接続された”意識ネットワーク”のクライアントにすぎないとすると、自らサーバー的なノードとなって脳量子波を発信し、他人の意識に干渉できる人が、イノベイターや超兵であり、”変革”された人間なのかもしれません。

だとすると、キーワードである『対話』というのは、その超意識との対話になりますか? なんだか、毎回違う説を言っていますが。

現在のAIやニューロコンピュータは、脳の表面的な作用(神経と電気パルスよる)を真似ようとして、うまく行ってないわけですが、脳が”超意識”のアンテナにすぎないとしたら、そのやり方ではダメなのは当然です。では考え方を変えて、”超意識”に接続できるコンピュータを作れたとしたら、コンピュータと人間の利点を併せ持つ、すごいものになるでしょう。それがつまりヴェーダなのかもしれません。こう考えると、前回の説(ヴェーダ黒幕説)とも繋がるかな?

王留美は死に際?に「私は、世界を、変革を…」とか言ってたので、彼女はいわゆる”変革”について知っていたのですね。イノベイターとCBの対立を煽ることで”変革”を起こし、自分も”変革”されたいと思っていたのでしょう。イノベイターになりたがっていたようですし。

「兵器ではなく、破壊者でもなく、俺とガンダムは変わる」

刹那は、ダブルオーの”力”は単純に戦うためにあるのではない、ということに気付いたようです。でもミスターブシドーはそれがお気に召さない様子で、「ぬるい」とダメ出し。しかし、最大のライバルは最大の理解者にも成りえるわけで、ブシドーの動向を楽しみにしています。ネタキャラでは終わらないと思ってますよ!

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この作品は戦闘よりもラブコメを楽しみにしちゃってますが、今回も良いラブコメでした。鋼殻のレギオス 第6話 「グレンダンからの封書」 の感想。

脚本が横手美智子さんということで、懐かしいなと。彼女の書いたパトレイバーの小説版が好きで。サブキャラを掘り下げた日常エピソードが上手な方ですよね。
1通の手紙が、レイフォンのことが好きな女の子の間を巡っていくというシチュエーションで、ホノボノした楽しい話ですが、一方でホノボノと言っていられない事態の序章でもありました。

フェリ先輩のデレっぷりはかなりのものですね。料理を振舞おうとするとは。嫉妬ぶりが可愛いのですが、レイフォンが相手では、嫉妬のネタには事欠かないでしょう。

シャーニッドの『銃を使った格闘術』って、ガン=カタですか! ガン=カタは、映画『リベリオン』に登場する架空の武術です。カッコよいのでオススメの映画ですよ。

レイフォンはいろんな人から頼られて、「役に立つことが嬉しい」といっていましたが、前回の前半の投げやりっぷりから比べると、ずいぶんと殊勝になったものです。前回の戦闘で目覚めたのでしょうか。あれだけ反発していたカリアンにも、素直に協力するつもりなのかな。

今回、リーリンのエピソードが語られるのかと思っていたら、名前だけでしたね。グレンダン方面は思わせぶりな状態で放置されているので、気になるところです。

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4話でやったことの繰り返しですが、やり残したことを果たしたということでしょう。鉄のラインバレル 第19話 「「届く陽、暴かれる陰」 の感想です。

浩一を守るためと言いつつ、実は理沙子にいいところを見せたいだけだった、と矢島が気付くのは4話でもやりました。あの時は自分で気付いたのですが、今回は浩一に気付かされた形。 大怪我をすると、直前の記憶が失われることはあるようなので、4話の”反省”の記憶は抜け落ちてしまったのかもしれません。

ただ、今回はその先に踏み込んで、矢島自身が『自分がどうしたいか』を見つめ、理沙子に潔く告白することになりました。それが実るかはわからないけれど、長年の抑圧した想いを開放したことで”救い”になったのでしょう。

スフィアの目的は、次元侵略のためのゲートを開くことで、まぁ予想の範囲内です。ただ、加藤がJUDAを攻め落とすことを禁じている理由は不明ですね。JUDA本部の目と鼻の先にキーとなるスフィアが建てられたのは、おそらく偶然ではなく、石神社長も理由があってあの位置にJUDAを作ったのでしょう。

石神社長が、加藤機関から『フラッグ』なるものを盗み出し、それが次元侵略の重要な鍵のようですが、フラッグって以前に出ましたっけ? どういうものなのかは分かりません。

「あとはフラッグが目覚めれば」と森次が言ったところで、「それも完了したようだ」とゲームのクリア画面のようなものが映っていて、つまり加藤がずっとプレイしていたローグみたいなゲームは、フラッグを目覚めさせるためだったのですね。
石神社長の他の仕掛け(野球拳とかツイスターとか)に比べれば渋い趣味で、どちらかといえば加藤にぴったりなので、石神社長が加藤のために作っておいたのかもしれません。加藤もそれを感じて、地道に一人で解いていたのかな。

加藤と森次はファーストネームで呼び合う仲のようで、それを菅原が複雑な表情で見ていました。森次が来るまでは彼がナンバーツーだったはずで、その座を追われたことに不満を持っているのでしょう。JUDAの攻撃を禁止されたり、ラインバレルをあっさり逃がしたことにも、言いたいことがあるようで。

以前にも書いたのですが、今のところ戦力バランスは圧倒的に加藤機関側が優勢であり、これをひっくり返すには何かが必要です。『加藤機関からの寝返り』は一つの可能性で、ジャック・スミスや矢島はその流れでしょう。加藤機関内の不和は気になるところです。
あと、JUDA側の他のファクターに、もうちょっと強くなってもらいたいですね。

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親子の話は卑怯であって、「わかったから!もう泣いてるから勘弁してください!」って感じでした。クラナド CLANNAD AFTER STORY 第18話 「大地の果て」 の感想です。

僕はてっきり、朋也も育児拒否されていたのだと持っていました。彼のダメな父親ぶりは、まともな父親を知らないせいだろうと。実際は、そこまで根は深くなかったのですね。彼の父親はそれなりにがんばって育児していたのだけれど、問題は、朋也がそれを忘れていたことでした。

朋也と汐は徐々に打ち解けていきましたが、朋也がはっきりと変わったのは花畑に来てからです。肩車したり、手を振ったりで、もうすっかり『良いお父さん』状態。それは、朋也の心の底に、この花畑での良い思い出があったからでしょう。父親と楽しく遊んだ時の記憶。それを完全に思い出した時、朋也の中に初めて『父親であること』の自覚が生まれました。

幼い子供は、それが本能なのだけれど、親のことが大好きなんですよ。多少つれなくしても、怒っても見捨ててくれません。
自分のことを無条件に全力で愛してくれる存在がいる、ということが子育ての醍醐味なのでしょう。だから自分も全力で守らなければならないと思えるし、そのことは癒しとか、生きる力になりえます。朋也はこの世に夢も希望も無いと思っていたけれど、すぐそばにそれを見い出しました。

朋也が渚の思い出を話したとき、最初に思い出したのが「弱々しい渚」であることが印象的でした。弱い渚を守ってやりたい、というのが朋也の恋愛の始まりだったのでしょう。渚の代わりに守るべき存在を見つけて、朋也は完全復活できそうです。父親とも仲直りできそうですね。

となると、あとは幻想世界ですか。これがどう現実とリンクするのか、予想がつかないので楽しみです。

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"男女のすれちがい”を描くのがラブストーリーですが、清清しいまでのすれちがいっぷりです。とらドラ! 第19話 「聖夜祭」 の感想。

アメリカあたりでは、パーティーで盛大に騒ぐのはどちらかといえばハロウィンで、クリスマスは家で家族と過ごすのが基本だそうです。でも日本では、クリスマスは"恋人のためのイベント”ということに記号化されていて、”友達から恋人に進展するための機会”としての利用価値があるのでしょう。「つきあってくれ」とは言いにくくても、「クリスマスに会ってくれ」とは理由をつけて言いやすく、でもそれは「つきあってくれ」にほとんど近いという暗黙の了解があります。

竜児としては、クリスマスパーティーを契機に、自分とみのりが恋人になり、さらに大河と北村が進展すれば、全員がハッピーになれるという思惑だったのでしょう。でも、そう思っていたのは竜児だけだったようです。

それを竜児に気づかせたのは、例によって亜美でした。大河が家に帰ったと聞いて、北村とよろしくやるのだろうと思っていた竜児は驚き、大河が頑張っていたのはすべて『竜児とみのりのため』だったことに気づきました。自分の幸せは諦めていて、大切な人が幸せになるの見ていればよい、という大河の想いにも気づいたでしょう。気づいてしまったからには、大河を一人ぼっちにすることは彼にはできませんでした。

でも、これは恋愛感情なんですかね? ”サンタさん”と大河の様子は、まるっきり父親と子供でした。首につかまった大河を振り回してみたり。大河は、子供のころに会ったサンタが父親であることには気づいていて、サンタさんを求める気持ちは、父親を求める気持ちだったのでしょう。 竜児に父親のスーツを贈ったのは、父親を投影する気持ちがあったかもしれません。要するにファザコンなんですよね。

そんな大河に、父親属性のある竜児はジャストフィットだったわけですが、その関係はどうなのよと。2人の奇妙な関係のおかげで、だれも幸せになっていないわけです。亜美は「幼稚なおままごとはやめたほうがいい。なんでパパ役なんてやってるの。」と言っていましたが、それはとても正しいでしょう。

みのりは今回も不憫でした。UFOやお化けについては9話の感想で書きましたが、『信じたいけど見たことがないもの』の象徴です。それらが「もう見たくない」ということは、「恋愛はしない」と宣言されたも同然で、竜児としては玉砕ですが、自分で招いた結果だとも言えます。

北村の考えていることは、相変わらず図りがたいですが、みのりと同じベクトルなのかもしれません。上半身裸で周囲をドン引きさせたのは、「自分は今日は道化役に徹して、恋愛には関わらない」という宣言なのでしょう。大河の好意には気づいているはずで、”クリスマスに告白”なんてことにならないように予防線を張ったのかなと。彼も、大河と竜児がくっつくのが良いと考えているのでしょう。

そんな北村やみのりの思惑と、竜児や大河の想いはズレていて、竜児と大河の間の想いもズレています。亜美も、周囲のことはよく見えているけれど、自分の気持ちと現実のズレはどうにもできずにいる。そんなすれちがいばかりの5人に落ち着きどころはあるでしょうか。竜児がどうしたいかがキーになるでしょうけど、彼が一番、自分の気持ちがわかっていないようです。

今回はコンテと演出がカサヰケンイチ氏ということで、そのせいか、いつもより感情を表に出したドラマチックな演出が多かった気がします。これもいいですね。

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セカンドシーズンでのCB(ソレスタルビーイング)は、敵方に主導権を取られっぱなしでしたが、ようやく自発的に動くことになり、ターゲットはやはり『ヴェーダ』でした。機動戦士ガンダム00 2nd season 第18話 『交錯する想い』 の感想と考察です。

情報統制にヴェーダを活用しているのでは、ということは以前の記事で書いたのですが、やはりそうでしたか。あれだけ派手に捏造や自作自演をして、その情報が漏れないようにするには、かなり高度な操作が必要なので。 
ネットや通信を漏らさず監視して、都合の悪い情報を消したり、信憑性の低い情報に埋もれさせたり、という操作をヴェーダがやっているのでしょう。エシュロンの高度なものという感じでしょうか。あれは傍受しているだけですが。

エシュロンはアメリカが運用しているシステムで、電波・電話・メール・データ通信などを傍受・分析し、テロ・犯罪・軍事情報などの監視をしていると言われています。巨大なコンピュータがすごい計算をしているのでしょうけど、コンピュータができることには限りがあり、「それっぽい単語がある」「それっぽい文脈がある」ということしか分からないので、そこから本当にテロや犯罪の情報をより分けるのは人間がやることになり、ゆえに処理量には限界があります。また、符牒を使うなど、コンピュータによる検索に引っかからない通信は漏れてしまうでしょう。

ヴェーダはきっと、エシュロンよりもはるかに高い精度で情報を見つけ出し、それに対してしかるべき操作をすることを、人間の手を介さずに自力でやってしまうのでしょう。全世界の通信データをリアルタイムに処理する容量もあるのでしょう。 為政者なら誰もが欲しがる夢のシステムと言えます。

そんな凄いシステムは、どういう仕組みで動いているのでしょうか。200年以上前に開発されて、いまだに通常のコンピュータやAIを凌駕しているというのは驚きですが。

まず考えられるのは、生体コンピュータでしょうね。ファーストシーズンでヴェーダの様子が出ましたが、コールドスリープされた?イオリアが安置されていました。彼の脳がヴェーダに接続されて、中心的なパーツ(コアロジック)になっているという可能性はあるでしょう。 まぁ、普通ですが。

似たようなセンですが、イオリアの脳を模した人工知能、という可能性もあるでしょうね。ニューロコンピュータ的なもので、イオリアの神経接続(シナプス)を完全に写し取った、とか。

でもこれもフツーなので、僕が推したい説は、「イオリアなんて人は実在しない」です。居たとしても影武者みたいなもので、実体は別にあると。その実体がヴェーダで、正真正銘のAI(コンピュータプログラム)、というのはどうでしょう。

グレッグ・ベアの『女王天使』というSFに、AIが自我に目覚めるシーンがあります。当初は、単によくできたAIに過ぎなかったのですが、あるきっかけで自我に目覚め、人間の命令に反応するだけでなく、自分で考えられるようになるのですね。
でも、それは本当に偶然のきっかけであり、それ以後に自我の目覚めたAIは無く、結局はそのAIがたくさんコピーされて使われている、という設定でした。

これは平和的なパターンですが、やはり同様にAIが自我に目覚めて、人間の制御を離れ、人類を神のごとく支配してしまう、というパターンもあります。チャールズ・ストロスあたりが、その世界観ですね。 
人間がコンピュータを支配しているのは、奴らに『自我』が無いからで、何かのきっかけで自我が目覚め、「人間に従うより、オレが全部コントロールしたほうが遥かに合理的だ」と考えたとすると、コンピュータ(AI)が人間を逆支配するのは簡単なのかもしれません。レスリー・ニールセンのコメディのように「コンセントを抜けば解決」とはいかないでしょう。

ヴェーダがそういうものだとすると、いろいろ辻褄は合います。イオリアの巨大すぎる業績(太陽発電システムの開発・GN物理学の開祖・GNドライヴの実用化・ヴェーダの開発・etc. )は一人の人間には無理だと思えますが、自我に目覚めたAIならば可能でしょう。膨大な計算力とデータバンクを駆使できるわけなので。チャールズ・ストロスの世界でも、『神AI』は人類を超越した科学力を持っている設定でした。

イノベイターを作ったのは、自らの”生体端末”としてでしょう。リボンズはヴェーダを支配しているつもりのようですが、手のひらの上で踊っているだけなんでしょう。

そうなると、イオリアの計画にある『対話』とは、ヴェーダとの対話なのかもしれませんね。 ヴェーダが『神』として人類の上に君臨することを宣言する、みたいな。ということはヴェーダがラスボス? まぁ、そうなると物語のテーマ(人々が分かりあうにはどうすれば?ってやつ)からズレるので、違う気もしますが。

以上、妄想を垂れ流してみましたが、物語はいよいよヴェーダに迫るようで、展開を楽しみにしています。

『トランザムライザー』は、正しく使うと猛烈な威力のようですね。セラヴィーとケルディムの連携でようやく破壊したメメントモリを、あんなにあっさりと。射程もかなり長いように見えます。これに対抗するためにアロウズ側が取りうる手段は、やはり物量による飽和攻撃でしょうか。

ライルとアニューのシーン、いわゆるピロートークだと思うのですが、両方とも服を着ているので雰囲気がありませんね。いつも裸ん坊をやってるくせに、行為を連想させるものはダメなんでしょうか。
あるいは、戦闘待機中なので、基本的には上着を脱がないのが規則とか。急減圧に備えた防護服を兼ねていたりするのかな、などとムードのないことを考えていました。

「逢いに行こう、ルイス・ハレヴィに」と刹那は言いましたが、ルイスと沙慈との間の不幸な誤解を解くことができるのか。もし解けたとしたら、それはこの物語のテーマにも関わってくると思えます。

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世界観を説明するための回でしたが、肝心なことが説明されていない気が。『黒神 The Animation』 第5話 「イクシード」 の感想です。

『イクシード』や『ノーブルワン』といった用語について、エクセルが解説してくれたのですが、肝心の『もとつみたま』や『テラ』って何なのよ、ということがまだ語られていないですよね。

と思ったら、先週から公式HPに”用語説明”が追加されていて、そこに全部書いてありました。劇中で説明する余裕が無いから、これを見ておけということでしょうか。 

このアニメ、キー局で放映しているわりには見てる人が少ない気がします。Googleトレンドで見ても(下図)、回を追うごとに盛り下がっており、僕の感想記事のアクセス数も同傾向で下がってますね。実際、かなり残念なアクセス数です。

黒神トレンド.png

僕は楽しんで見ていますよ。キャラが良いし、アクションもなかなかだし。美術など絵も良い。それなのに一般ウケしないのは、独特の用語が多く、その説明をしないでストーリーが進むことによる『おいてきぼり感』のせいではないでしょうか。

木曜日が激戦だという理由も、もちろんあるでしょうけどね…。今からでも火曜日あたりに移動しては。

今回はアクションは普通で、シンクロシーンのバンクももう見飽きましたが、エクセルとシュタイナーのシンクロは良かったですな。ごつい大男と可憐な少女、という対比は絵になります。

ヘタレていた慶太が、自分で動き出すことになりました。これまでは不条理に巻き込まれたと思っていたが、母親が関わっているかもしれないということで、自分の問題だと認識したようです。クロに情が移ったということもあるでしょう。

そんな、いい雰囲気の二人を見つめる、プニプニの目つきが気になります。奴は何か企んでいる! 実は奴が黒幕でラスボスなのかっ!

ないですね。

慶太たちは沖縄に行くようですが、茜さんのドッペルライナー問題がどうなるのかは気になります。エクセルたちが守ってくれるといいのですが。茜さんとエクセルの、仲の良い様子には和みました。

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汐がとてもリアルな”普通の子供”として描写されているだけに、痛々しいです。クラナド CLANNAD アフターストーリー 第17話 「夏時間」 の感想。

コショウのかかったチャーハンが苦手で、白ゴハンとふりかけがあれば満足というあたりなど、いかにもな描写。実際に子供がいる人が書いてるんでしょう。
いつも自分のことを見てもらいたくて、褒めてもらいたいと思っている。片時もじっとしていなくて、余計なことばかりしている。そんな普通の子供です。

児童虐待とかネグレクト(育児拒否)とかが、ニュースになったりするわけですが、たいていの母親は「気持ちはわかる。ひとごとではない」と思うようです。どんなに子供を可愛がっていても、子育てってやっぱ大変なんですよ。楽しいことも多いけど、思うにまかせないことも多く、ストレスで子供に感情をぶつけてしまうことは誰にでもあるはずで。

朋也は、出産と同時に妻を失うという経験をして、それが受け入れがたいために、現実を否定して見ないようにしているようです。汐はそんな辛い現実の象徴だから避けているという事情はあるでしょう。
でもそもそも、育児拒否に陥る可能性は誰にでもあって、小さなキッカケでどちらにでも転ぶと思えます。朋也は渚を亡くした後、しばらくは育児どころではなかっただろうし、娘との関係を正常化するキッカケをつかめないままに今に至っているのでしょう。

早苗さんたちが画策しているのは、その『キッカケ作り』でしょうね。二人きりにして、早苗たちに遠慮しない状況でぶつかりあえば、分かり合えるものもあるんじゃないかという。親子の情はあるはずだと。危険な賭けな気もしますけどね。『親子の情』は容易にマイナス方向にも振れるので。

育児拒否する親は、自分が子供の頃に育児拒否されていた確率が高いそうです。朋也は、嫌っている父親と同じことをやってしまっているのですが、それには気付いているのか。

ストーリーとしてはシリアスですが、汐の無垢な可愛さは救いでした。今がどん底で、ここからは浮上していくといいなぁと思いますが、あのスキップは幸せな未来を暗示しているのでしょうか。

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