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謎解きとクライマックスを一気に駆け抜けた、めまぐるしい最終回でした。東のエデン 第11話(最終回) 「さらにつづく東」 の感想です。

ずっと感想を書けていなかったのですが、最終回なので書きます。近年まれに見る意欲作だったと思いますし。

欠点も、多いとは思うんですよ。『記憶を消す前の滝沢は何をやってきたのか』というサスペンスがストーリーの軸ですが、その謎解きを、咲の長台詞で片付けてしまったのは残念ポイントです。もうちょっと、謎解きの過程を楽しめると良かったなと。

ニート問題に代表される、現代日本の閉塞感に向き合った『社会派作品』の要素も強いのですが、あまり問題の解決にはなっていないというか、電車男的な「ネットの英知を集めて、ちょっといいことをやった」話の域を出ていない感もあります。

それでも、そういうテーマに取り組んだことは多いに評価されるべきだし、重いテーマでありながら、ドキドキワクワクのエンターテイメントに仕立てられているのは凄いことではないでしょうか。

演出・作画・音楽のクオリティも終始高かった。クライマックスの、ソウルフルな歌を背景にミサイルが飛来するシーンは、なかなかのスペクタクルでした。

ストーリーはそれなりに決着したように見えるのですが、映画はどうなるんでしょうね? 2部作のようなので、TVアニメの総集編+後日談、のような内容になるのでしょうか。

滝沢君と咲との、ボーイミーツガールの物語でもあったわけで、特に最初の数話はその要素が強かったのですが、だんだん薄まっていったのが残念です。映画でそのあたりが補完されるなら、ぜひ見たいと思いますね。

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5話のレビューで、これは旧世代に対するニート世代の反攻の物語であり、滝沢君はそのための救世主ではないか、といった意味のことを書いたのですが、結構当たっていたのかもしれません。東のエデン 第6話 「東のエデン」 の感想。

彼らは学生だからニートじゃないだろ、という話はありますが、いわゆる”ニート世代”ということなのでしょう。よい仕事に就くことが困難な時代、結果として定職に就くことに価値をおかなくなった世代、といったところか。

僕はニート世代ではないし、『アガリを決め込んだおっさん』でもない、微妙な世代ですが、現状が良いとはとても思えないので、この作品がそこに石を投じるとしたら、非常に興味深いです。どんな答えを見せてくれるのでしょうか。

石を投じると言えば、例のミサイルは、硬直した現実に投げ込んだ巨大な『石』なのかもしれない。だとしたらやはり、滝沢君が仕組んだのかな。

平澤君たちのサークルは、いわゆる学生ベンチャーで、検索システムでの旗揚げを計画しているあたりが『グーグル』を思わせます。

100億円は個人にとっては大金ですが、「日本を救う」ためにはハシタ金としか言いようがなく、どうするのかなと思っていたのですが、ベンチャーを育てるというやり方はアリかもしれません。グーグルも、10万ドルの元手から十数兆円(時価総額)の企業になり、たしかに世界を変えたのですから。

でも、グーグルが変えた世界が、ニートのために良かったとは言い切れず、むしろニート世代を生み出した遠因と言えなくもありません。インターネットによって社会が効率化され、人間の生み出す付加価値が薄くなったことが、現代の就職難の構造的な原因ですから。

同様に、『東のエデン』の画像検索システムが、どうやって「ニートの楽園」を生み出すのかは今のところ不明です。これから語られるはずですが、いろいろ想像してみるのもいいでしょう。

画像検索とソーシャルなタグ付けのサービスは、特に珍しいものではないですが、「東のエデン」はそれを高性能に、使いやすくしたものなのでしょう。リサイクルのコミュだったと平澤君が言っていたので、当初はゴミを分別するシステムとして開発されたんじゃないでしょうか。僕が住んでる市は、ゴミを10通りくらいに分別する必要があり、役所はそのための資料を配布していますが、どれがどれに当てはまるのか判断が難しいです。「ゴミを携帯で撮影すると分別がわかる」ようなサービスがあれば便利でしょう。

そのシステムを、コミュニティツールとして活用したのが、咲の功績ということなのかな。でもプライバシー的にはかなりヤバそうなもので、案の定問題になったようです。このあたり、ストリートビューなどで叩かれているグーグルと似ていますね。彼らはどうやってこれを解決するのか。平澤君は監視カメラに病的にビビっていて、自分達がやってることと矛盾していますが、もちろん意図的な演出でしょう。

全体にテンポが良く、新キャラも出たばかりにしてはキャラが立っており、サスペンスもあり、相変わらずのクオリティです。これがキープできれば名作になるでしょうね。ストーリーが大きく動き出し、彼らの今後の活躍が楽しみです。

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現代社会の閉塞感みたいなものが、ベースにあるのでしょう。東のエデン 第5話 「今そんなこと考えてる場合じゃないのに」の感想です。

昔は良かった、というのはいつの時代でも言われることですが、現代は昔よりも生き辛いんじゃないかと、僕は思いますね。たとえば江戸時代の町人は、週に3日も働けば食べていけたと言われています。もちろん今よりモノは乏しかったけれど、余暇があるから町人文化が花開いたわけです。

サザエさんを見ていると、波平さんやマスオさんは、まだ外が明るいうちに仕事を終えて帰宅の途についています。昔のサラリーマンは9時から5時まで働いていればよかったのですね。偉い人も、「サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ」と言いました。

翻って現代は、ワーキングプアといった言葉があるように、朝から晩まで働いても生活が苦しく、老後の蓄えなんてとんでもない、という人が多くいます。現代社会はサザエさんの昔よりもはるかに効率化されているけれど、その効率化は人間を幸せにしたのだろうか。

たとえば、ネットで最安値を検索して一番安いものを買えるのは便利ですが、そうやって経済が世界規模で”価格”で最適化されたために、僅かな利益のために多くの人が身を削って働くことになったのです。その最適化の方向は正しかったのか。

こうなったのはここ10数年のことですから、それより前に会社に入って、それなりの地位に就いた人はまだ良いと言えます。でも、これからの若い人にとっては多くを望めない状況であり、就職するのは大変だし、就職しても将来はわからないし、という閉塞感があるでしょう。咲はそういう世代の象徴でしょう。

滝沢君は、そういう状況を何とかしてくれるのかもしれません。だとしたら、今の時代に一番求められている『救世主』だと言えます。

滝沢君が、咲にキスをしたのはなぜでしょうか。彼自身もセレソンになる前は、咲と同じような、時代への不信感を持っていたのでは。咲の話でそれを思い出し、自分はそういう世代のために働く、という意思表示として、その象徴である咲にキスしたのかな、と思ったりします。

今回は新キャラも続々と登場しました。毎回一人のセレソンと出会う、ロードムービー的な展開かと思ったら違うようですね。あいかわらず先が読めないのが楽しいです。

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セレソンはゲームのプレイヤーでした。東のエデン 第3話 『レイトショーの夜に』 の感想です。

主人公が、誰かが設定したゲームに強制的に参加させられる、という設定は一つのジャンルだと言えます。例えばGANTZとかそうですね。 あれの場合、強力な武器を与えられるのですが、この作品ではお金が武器のようです。参加料が自らの命、という点も共通しています。たぶんこういうルールなのでしょう。

・セレソンは12人選ばれる。(選別基準は不明)

・セレソンは100億円与えられ、それを好きに使ってよい。

・ゲームのクリア条件は、日本を救うこと。(その判断基準は不明)

・100億円を使い切った時点でゲームオーバーになる。(抹殺される)

・クリアまでの制限時間は不明。

・他のセレソンとの競争(最初にクリアした人以外はゲームオーバーなど)の有無は不明。

あまりワリがいいゲームとは思えませんが、どうでしょうか。セレソンに選ばれてみたいですか?

一話のレビューで、滝沢君が素っ裸で記憶を失って現れたのは、人が裸で産まれることの比喩だろうかと書きました。だとしたら、このセレソンのゲームも人生の比喩なのでしょう。人は誰しも、命を与えられ、何かを為すためにこの世に生まれてくるわけで、それはゲームみたいなものかもしれません。どうせワリの合わないゲームをしているのであれば、セレソンになってみるのもいいかもしれませんね。

人生は、ゲームと違ってリセットできないわけです。滝沢君が記憶を消したのは、ゲームをリセットしようとしたのでしょうか。

ゲームマスターがどんな組織なのかとか、ファンタジーなのかSFなのかとか、そんなことはあまり関係なくて、このルールの上でのサスペンスを楽しめばよいのでしょう。実際、楽しめています。上にも書きましたが、他のセレソンとの競争があるのかどうかが気になるところです。

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1話よりもおとなしい展開ですが、その分、ふわふわした独特の空気感を楽しめました。東のエデン 第2話 「憂鬱な月曜日」 の感想です。

自分の身に大事件が起こったとき、反応は2種類あるのではないでしょうか。パニックになるか、あるいは現実感を持てなくて、ひとごとのような、自分を客観視するような状態になるか。 僕はたぶん後者で、以前に事故をしたときもそんな感じでした。「んー、なんか大変なことになってみるたいだけど…」と思いつつ、イマイチ自分のことだとピンと来ないんですよね。

この物語での日本も、そんな状態なのでしょう。ミサイル攻撃に現実感を持てず、冷静に分析しているが、もやもやとした不安定感は感じている。咲の反応がまさにそれです。滝沢君も、状況は違うけれど、記憶が無いという自分の状況を冷静に俯瞰しています。 このことが、この物語の独特の空気感を作っているのでしょう。どこか透明感があり、でも座りの悪い雰囲気です。

多くのシーンが咲の視点で、咲はまっすぐに滝沢をみつめていて、この一途さはいいですね。けっこう計算高いところもあるのだけれど、そういう生々しさにむしろ好感が持てます。逆に、滝沢君には生っぽさが無く、本当に『王子様』の雰囲気ですね。考えていることがわからないし。

埠頭で咲に手を差し伸べた時、彼は何を思っていたのでしょうか。滝沢君が咲の前に現れたのは、きっと偶然では無いのでしょうね。

重要そうなキャラである、刑事の近藤が登場しました。彼はとても”現実的”な人間で、善人では無いっぽい。あらゆる点で滝沢君とは対照的ですが、彼も同じ携帯を持っているので、セレソンなのでしょう。セレソンの基準は何なのか。

携帯電話に天秤のマークがありますが、あれは占星術やタロットでの”正義”の意味でしょうね。セレソンとその一味は、正義を為す救世主を気取っているらしい。「強大な権力を持つ秘密結社が存在し、政治・経済・軍事を牛耳っている」という陰謀論は根強くありますが、彼らはその手の秘密結社なのか、あるいは本当に神様の一味なのか、どちらでしょうか。

ミサイルが都内にいくつも大穴を空けたのに、怪我人がゼロというのは人間業とは思えないので、後者な気もしますが、どうなんでしょうね・・・。

ストーリーはまだ見えないし、大きな事件も起きていませんが、雰囲気が良いので引き続き視聴するつもりです。それにしても木曜日はアニメが多い。

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ファンタジーなのかサスペンスなのか、先の見えない不安定感がキモチイイ、東のエデン 第1話 「王子様を拾ったよ」 の感想です。

てっきり羽海野チカさんのコミックスが原作と思っていたら、彼女はキャラクタ原案のみで、オリジナル作品なのですね。ファンタジーのつもりで見ていたので、弾帯とかミサイルとか出てきてビックリしましたが、そういう国際テロを舞台にしたサスペンスでもあるのでしょうか。記憶を消された滝沢君は工作員で。

演出にはファンタジーのテイストも多くあり、そのバランスはいい感じだと思えます。ストーリーの緩急もよく、惹きこまれて観ることができました。ただ、キャラの魅力についてはまだ分からないですね。ヒロインの咲は、ちょっとズレてはいるけど普通の女の子、という感じで、いかにも少女マンガのヒロインです。

滝沢君は、お気楽キャラにも見えますが、咲の荷物の処理などは冷静沈着で、プロの工作員という感じがします。フォーサイスやクランシーのような、プロフェッショナルが活躍するサスペンスになるとしたら楽しみです。

滝沢君が全裸で登場した意味はまだわかりませんが、人が全裸で産まれてくることを象徴しているのでしょうか。誰しも、何も持たずに裸でこの世に生まれ、何のために生まれてきたのか、何を為すべきかを探してもがいているわけで、滝沢君の悩みは普遍的だとも言えます。

『東のエデン』というタイトルは、もちろん『エデンの東』をもじっているでしょうけれど、どういう意味なのか。『エデンの東』とは、楽園であるエデンを追われるという意味です。このタイトルもそういう意味なのか、あるいは逆に、東(東洋?)にエデンを見つける、という意味なのでしょうか。

ノイタミナ枠でProduction I.G.というのは、図書館戦争のパッケージで、クオリティも期待できそう。ぜひレビューを継続したいですね。木曜日は番組が多くて迷うのですが。

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