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メルクマール

ここは「キャシャーンsins」 カテゴリの記事です。
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このところ感想を書くのをサボっていましたが、最終回ということで書きます。キャシャーン sins 24話 「巡り咲く花へ」 の感想。

「考えるな、感じろ」と言ったのはブルース・リーですが、この作品はそのように”感じて”楽しむのが正しいのでしょう。ストーリーは断片的にしか語られず、正直よく判らなかったのですが、あえてそうしたのでしょうね。すべて明快に説明するのは野暮であると。この物語世界や、キャシャーンの生きざまで何かを感じてくれればよいと。

でも野暮を承知で、不明点を自分なりに補完しつつ、解釈したものを以下に書いておきます。解釈というよりは妄想です。

かつて、ロボットたちは永遠の生命を持っていました。特殊なナノマシンの働きにより、それが可能になったのでしょう。永遠に劣化せず、新品同様のままでいられたわけです。

しかし、キャシャーンが看破したように、死なないということは、生きていないことも意味するのでしょう。永遠の生命に倦み、死に癒しを求める人々のために、ルナが作られました。ルナの血液(作動流体?)は永遠の生命の源であるナノマシンを破壊する機能を持っていて、死を求めるロボットに安らかな最後を与えました。

ルナを作ったのは、ブライキングボスなのか、あるいは別の人なのかはわかりません。いずれにしても、ルナに集い、死を求めるロボットが増加する状況に、ブライキング・ボスは危機感を持ち、ある実験プロジェクトに着手します。その狙いは、人間のように子孫を残し、人間のように寿命で死ぬロボットを作ることでした。オージはそのプロジェクトの中心人物だったのでしょう。

しかし、何らかの理由でそのプロジェクトは失敗しました。少なくとも、ブライキング・ボスは失敗したと考えました。そこで、失敗作のキャシャーンたちの再利用として、ルナ殺害を命じます。

キャシャーンとルナが戦い、二人の血液が交じり合ったとき、予想外のことが起こりました。ルナの”死を与える”ナノマシンと、キャシャーンの”子孫を残す”ナノマシンとの相互作用により、二種類のナノマシンが生まれたと考えられます。いわば”死のナノマシン”と”生のナノマシン”が。死のナノマシンは急速に自己増殖して、世界に蔓延しました。これが『滅び』です。

一方で、ルナとキャシャーンの体内のナノマシンは”生のナノマシン”に変化しました。それにより、ルナは永遠の生命を他者に与える機能を持ち、キャシャーンは不死身になりました。

ではリンゴは何でしょうか。これも妄想ですが、”子孫を残すロボット”の実験は、実はある程度成功して、レダは子をもうけたのでしょう。それがリンゴです。しかし、オージはその子供に情が移り、ブライキング・ボスに利用されるのが忍びなかったので、子供を隠して、実験は失敗だと報告したのではないか。父親はたぶんキャシャーンでしょう。

話は最終回に飛びますが、キャシャーンがルナに会いに来たのは、「永遠の生命を与えるのはいいが、それを押し付けるな」と伝えたかったからではないでしょうか。滅びで死にそうなロボットに生命を与えるのはいいけど、永遠の生命までは望まないロボットも多いので、やたらと永遠の生命をサービスするのは間違っていると。そんなことを続けていると、今度こそ殺しに来るぞという最後通牒です。

ルナは「死のない世界」を目指していましたが、キャシャーンにそういわれて、多少は自粛するようになったのでしょう。永遠の生命を希望しないロボットには、当面の滅びを遅らせる程度の癒しを与えるようになったのかもしれません。

一方キャシャーンは、かつてのルナのように、死に癒しを求めるロボットに、死を与える存在になりました。辛い仕事ですが、それも自分のオトシマエだと考えているのでしょうね。

リンゴは、子孫を残せるロボットであることはラストで仄めかされています。彼女がイブとなって、この滅びた世界に再生をもたらすのですね。ではアダムは誰なのか。既存のキャラではキャシャーンしか思い浮かばないので、きっとそうなのでしょう。キャシャーンが父親だとすると近親相姦になってしまいますが、聖書でも創世記の人々は近親相姦しまくりであり、頭数が少ないうちはやむをえないでしょう。

以上、余計なお世話の考察でした。ともあれ、”死とは、そして生とは何か”について、いろいろと感じさせてくれる作品ではありました。僕はプリンを思い浮かべましたね。子供の頃、給食にプリンが付く日は、ものすごく嬉しかったじゃないですか。何日も前からチェックして、その日は朝から楽しみで。

でも今では、プリンなんてスーパーに行けば3個で百円とかで売ってるわけで、特別なものでは全くないし、いつでも食べられるからといって、毎日食べようとは全然思いません。限りある生とは、給食のプリンみたいなものかなと思ったのでした。

最終回は総評をやることにしているのですが、すでにたくさん書いたし、今日はあまり時間が無いので(明日は5時起きで…)後日書きます。

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キャシャーンとルナの”感動の再会”は、無いだろうなと思いつつもどこかで期待していたのですが、やはりありませんでした。キャシャーン sins 20話 「誰がために花は咲く」 の感想です。

アバンのルナの様子に、まず違和感を覚えました。なんとなく、ルナはもっと大人っぽくて、母性を象徴する存在だと思っていたのですが、本格的に登場したルナはまるで子供で、幼い感じさえします。そのせいか、『教祖に祭り上げられた子供』みたいな痛々しさがありますね。

あのルナは本物かどうか、ですが、たぶん本物なのでしょう。ずっと側にいたドゥーンが本物だと思っているので。では、ルナは以前と変わってしまったのでしょうか。

変わったとしたら、キャシャーンのせいはあるのでしょうね。例えばキャシャーンの”血”のために、ルナの癒しの力が弱くなって、限られた人しか癒せなくなったとか。

そのため、なるべく多くの人を助けるためには、「助かる可能性の高い人から助ける」という非情さが必要になり、それの辛さがルナの精神を蝕んだ、という可能性はありそうです。

あるいは、実はもう本来の癒しの力は持っていなくて、『病は気から』的なプラシーボ効果で、精神的な癒しを与えているだけなのでしょうか。ドゥーンの「太陽は何も与えない」というセリフは、そのことを仄めかしているようにも取れます。だとするとますます、死にそうな人はどうしようもないわけで、無力さを思い知るので見るのも嫌だと思ってしまうかもしれません。

キャシャーンは、そんなところまでは考えが及ばないようで、ただ怒っていますね。「弱いものは守るべき」という父性の塊のようなキャシャーンには、ルナのやり方は受け入れられないのでしょう。

そもそもキャシャーンは、ルナと会ってどうするつもりだったのでしょうか。自分の罪を許されたい? ルナを守りたい? 世界が滅びから救われる可能性を確認したい? いろんな思いがないまぜになっているのかな。

ルナが期待とは違う存在だったことで、キャシャーンはこれからどうするのか。そうこうするうちに、レダがやってきて物語が動くことになりそうですが。

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悩んだ末に自己解決、ということでしょうか。でもこれもアリ。キャシャーン sins 18話 「生きた時これからの時間」 の感想です。

今回のエピソードの解釈は、人それぞれでしょうね。僕は、今回のシーンのほとんどはリューズが見ている夢だと解釈しました。繰り返される不快なイメージ。脈絡の無い展開。これらは悪夢特有のものでしょう。

悪夢というよりは、性夢なのかもしれない。フロイトによれば、夢はその人の欲望を表していて、欲望(リビドー)は性欲に基づいているとか。そういうこともある、とは思えます。 リューズのキャシャーンに対する抑圧された想い(リビドー)が、このようなエロティックとも言える夢を見せたと考えられます。

リーザとの約束と、キャシャーンとの恋心との板ばさみで苦しんでいたリューズですが、リーザが現れて、「考えて、悩んで、その末に見つけた道であれば、それを進めばいい」と言ってくれたことで救われました。でもあれも、リューズの心が生み出したものではないでしょうか。つまり自己解決だと。

ドラマで、悩んでいた人物がきっかけもなく自己解決してしまうことはしばしばあり、イケてない展開とされますが、この作品の場合は、夢の映像がリューズの内面を緻密に表現していたのでアリだなと思えます。夢オチもアリです。

気味の悪い映像が続いただけに、ラストのリューズの笑顔がとても印象的で、爽やかな感覚が残りました。

リューズとリーザが子供の頃の映像がありましたが、あれは現実にあったことの回想なのか、架空の幻想なのか、どちらでしょうか。前者だとしたら、リューズは成長するロボットということになりますが、これは何かの伏線? あるいは、この世界では特別なことでは無いのかな。それについての言及が無いので、まだわからないところです。

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前回は『子供』がテーマでしたが、今回は『母性』がテーマでしょうね。キャシャーン sins 17話 「ガラスのゆりかご」 の感想です。

レダが身篭っている様子がアバンでありましたが、なんらかの理由で産むことができなかったらしく、その悲しみの反動から、『子供に未来を託すなんて愚かな夢であり、私が永遠に生きればよいのだ』、という考えに行き着いたようです。そのためにルナを探しているらしい。

ルナが住んでいた館には、赤い水の池がありましたが、あれは羊水の比喩でしょう。レダが池にプカプカ浮かんでいたシーンは、彼女が『子供を産むこと』を本心では望んでいることを表していると思えます。レダの『永遠の生命』に対する強い執着は、『失われた子供』への執着の裏返しなのでしょう。

レダやキャシャーンは、神を恐れぬ実験の犠牲者なわけです。女は子供を産み育て、男はそれを守る。その人間の営みをロボットで模する実験は、無残にも失敗して、行き場を失った『子供を産む本能』や『守るために戦う本能』が暴走しているのが、キャシャーンとレダ、そしてディオなのでしょう。

そこに、ルナがどうからんでくるのかが核心です。予想通り、彼女の『癒し』の秘密はナノマシンでしたね。ルナのナノマシンがロボットに永遠の生命を与えていたが、それが機能しなくなって『滅び』が始まった。その秘密がリンゴに託された意味は何でしょうか。

これまで、いるのかどうかも不明だったルナですが、なんらかの形で生存している可能性が高そうだし、滅びが止められるかもという可能性も出てきました。物語の方向性が決まった、ターニングポイントなのかもしれません。

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リンゴの生い立ちの話と、ディオの話の二本立てでした。共通しているのは『守るべきもの』でしょうか。

リンゴはてっきり、キャシャーンのような新世代のロボットだと思っていました。キャシャーンも血(ナノマシン?)が出るようなので。でも普通に人間だったのですね。

滅び行く世界は、人の一生を象徴していると思えます。人間も、青年の時期を過ぎると滅びに向かうわけで、その運命の中であらがうのが人間なのでしょう。そんな人間にとって、子供の存在は希望になりえます。滅び行く世界で生を受けたリンゴは、この世界の希望なのでしょう。

ディオは、キャシャーンへの復讐心に支配されて、他のことは手がつかない状態でしたが、2人組に惨敗し、ブライキングボスと話したことで、何かに気づいたようです。その"気づき”の内容は、今ひとつわからなかったですが。 キャシャーンが『守るべきもの』を得て強くなったように、ディオも自分が守るべきものに気づいたのでしょうか。

男として第一に『守るべきもの』といえば、自分の女であり子供でしょう。生物的な意味での男の存在意義はそれですからね。キャシャーンは、リューズとリンゴは特別な存在だから守りたい、と言いましたが、それはつまりそういうことでしょう。いかにも生物的ですが、キャシャーンたちは子孫を残せるロボットとして作られたので、そういう本能があっても不思議ではなく、むしろあるはずです。

ブライキングボスは何か企んでいると思っていたのですが、そうでもなくて、ロボット達が安らかに滅びることを願っているようです。滅びを招いた張本人であることに責任を感じているのでしょうか。オージーと共通点がありますが、2人の違いはリンゴがいるかどうかでしょう。

リンゴの存在感が大きくなりつつあり、きっと重要な役目をするのでしょう。一方で、復活したルナ(?)は14話でちらっと出たきりであり、気を持たせてくれますね。でも今回、ルナの手がかりをつかんだようで、ゆっくりとですが物語は動いています。

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「強くなければ生きていけない。優しくなければ生きる資格が無い」とは、ハードボイルドの代名詞であるマーロウのセリフですが、そういうお話なのかなと。キャシャーン sins 15話 「死神ドゥーン」 の感想です。

キャシャーンは、これまであまりハードボイルドではありませんでした。ハードボイルドとは『やせ我慢』なんですよね。強大な敵に立ち向かい、恐怖で押しつぶされそうになるところを、あくまでニヒルなセリフを決める。酷い状況に置かれてもクールな態度は崩さない、というのがハードボイルドです。

一方で、キャシャーンは弱い心を隠そうとはしていませんでした。自分の出自を悲しんだり、過去の過ちを嘆いたり。彼はやせ我慢する必要は無かったですから。

でも今や、彼には守るものができました。だから(精神的に)強くならなければならないし、優しくなければならない。つまりやせ我慢してハードボイルドに生きることが必要になったのでしょう。

かつての日本には、ハードボイルドが美学としてありました。明治の人などは典型的です。でも昨今は流行らないですよね。やせ我慢せず、心のままに素直に生きればいいじゃないという風潮で。でもそうやって状況に流されて、その瞬間のメンタルに支配されることは、むしろ防御力を下げているのではと思えます。やせ我慢でもいいから、1本筋の通った自分のスタイルを決めたほうが、精神的にタフになれるのでは。明治の人のハードボイルドは難しい時代を生き抜くための知恵であり、今こそ必要なのかもしれない、などとやくたいもないことを、この作品を見ながら考えていました。キャシャーンも強くなれるといいのですが。

死神ドゥーンのシーンと、リンゴのシーンを交互に描いて、「優しさとは何か」を表現した構成は良かったですね。リンゴが弱っているようなのが気がかりです。

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希望を感じさせるサブタイトルですが、『闇を照らす真実』とは何でしょうか。キャシャーン sins 14話 「真実は闇を照らし」 の感想です。

キャシャーンはようやく、自分がやるべきことは『正義の味方』だと気づきました。子供や滅び行く人々を守ることが、彼のできる罪滅ぼしであり、それが使命であると。闇を照らす真実とは、『キャシャーンの正義』のことなのでしょう。

ここまで長かったですが、キャシャーンが踏み出したキッカケは、リューズの発破であり、リンゴの危機でした。命を賭けて戦うには、具体的に『守るべきもの』が必要なのでしょう。特攻で亡くなった方々の手紙を見ても、『国のため』というような漠然としたものではなく、『故郷の家族や友人を守るため』に勇気を奮い起こしたことが伺えます。守るべきものがあることが、キャシャーンの強さであり弱さでもあるのでしょう。

キャシャーンはこれでスッキリしたようですが、ディオとレダのやっていることは、いまいちチグハグに見えます。彼らの目的は2つあるでしょう。一つはロボットの王になることで、もう一つはキャシャーンの不死の秘密を手に入れること。どちらかといえば後者が重要なのだと思えますが、それにしてはキャシャーンを打ち負かす方策を持たず、愚直に戦っているように見えます。彼らは今後、キャシャーンにどうやって対抗するつもりなのでしょうか。戦闘シーンの迫力はすごくて、レダが水を差したのが残念でしたね。

ラストで、自称『ルナ』が登場しました。CVも矢島さんでしたが、あれは本物なのでしょうか。来週わかるのかな? 予告では、あまりそういう雰囲気はありませんでしたが…

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過去を振り返るのを止めて、希望に向けて歩き出したかに見えた彼の前に現れたのは、グロテスクな過去でした。キャシャーン sins 13話 「過去は目の前に満ちる」 の感想です。

キャシャーンにとって最悪の過去とは何でしょうか。彼は自分が生まれた目的と、ルナを殺した理由を求めていました。自分が殺戮機械ではないこと、ルナを殺したことは止むを得ぬ理由があったか、あるいは間違いであること、を期待していたと思えます。でも、彼の願いは最悪の形で裏切られました。

キャシャーンは、ルナを探すことを心の拠り所にしていましたが、今の状態では彼は何度でもルナを殺すでしょう。彼に救いはあるのか。

あるとすれば、リンゴでしょう。ブライキング・ボスの命令で暴走状態になったキャシャーンを、リンゴはまがりなりにも止めました。彼女がキャシャーンの暴走を止めたのはこれが始めてではなく、5話でもありましたね。彼女には、ボスの命令に抵抗できるような、何か特別な力があるのでしょうか。

アバンも新展開。これまでキャシャーンとルナだけだったのが、初めて第三者であるリンゴが登場しました。リンゴは何者でしょうか。手を怪我したときに血を流していましたね…。

キャシャーンは、やはりナノマシンを応用したロボットのようです。繁殖できるロボットとして作られたが、失敗作だったらしい。でもルナの”血”(ナノマシン?)で不死身になったということは、完成形になったと言えるのかもしれません。ということは繁殖できるのかな。

今回は重厚なホラー調の映像で、キャシャーンの恐怖と苦悩が伝わってきました。絶望に突き落とされた彼の今後が気がかりですが、次回は年明けです。

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待望のフレンダー回ですが、久しぶりに人間が登場した回でもありました。キャシャーン sins 11話 「己の使命のもとに」 の感想です。

世間では猫ブームのようですが、僕はだんぜん犬派ですね。フレンダーの忠実さや、パワーとスピードに惚れ惚れします。フレンダーは俺の犬、ということで。

一心不乱に地面を掘るフレンダーは涙ぐましいものがありました。その冒頭のシーンから、戦闘シーンの回想になり、さらに旅をする集団へと移っていく映像は、重厚で印象的でした。

ルナを探してさすらう集団と、そのリーダーであるジンが登場。2話で登場したコミュニティとは対称的です。あのコミュニティには目的がなく、死を待つだけなのに対して、ジンのグループには目的があることが違いますが、最も大きな違いは、人間も一緒にいることではないでしょうか。

この世界の歴史はまだ不明ですが、本来はロボットと人間は仲良く暮らしていて、その後、ロボットが人間を支配する世界になったのでしょう。多くの連中は、とりあえず滅びを止めることを目標にしていますが、ジンはさらにその先の、『ロボットと人間が仲良く暮らせる世界』を見据えているのでしょう。

いわば、キリストのような人ですね。キリスト教はユダヤ教をベースにしていますが、ユダヤ教が”迫害されがちなユダヤ人を救うための民族宗教”であるのに対して、敵も含めてみんなを救うというのがキリスト教の思想です。今日の生活も苦しい当時のユダヤ人にとって、それは遠大すぎる理想に思えただろうけれど、理想が高いだけに心に響くものがあったのでしょう。

ジンの仲間達も、ジンの高い理想に共感しているのでしょう。ジンの体に滅びの徴候が無いのは、その『高い理想』が滅びのシステムに作用している、という可能性はどうでしょうか。滅びとは、実はそういう理想の世界を作るための過程ではないかと、ふと思いました。

この絶望的な世界にあって、ジンのグループは残された希望なのでしょう。彼らとキャシャーンとルナが一同に会したとき、何かが起こると期待しています。

アバンの回想シーン?に微妙に進展が見られます。「ルナ、君の血は何なんだ」と言っていました。前回はルナが「あなたの血が私を変えていく」と言っていましたね。想像するに、それぞれの血にはナノマシンが含まれていて、お互いの体がお互いのナノマシンに影響されて変化する様を表しているのでしょうか。ルナのナノマシンがキャシャーンの不死の秘密とか。だとすると、「キャシャーンを喰らえば不死になれる」という噂は荒唐無稽でもないのかもしれません。

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キャシャーンはラスボスなのか。キャシャーン sins 10話 「過去に囚われた男」 の感想です。

予告からして、再びキャシャーンとディオの対決かなと思っていたら、キャシャーンは30秒ほどしか登場しませんでした。ただ短い時間でしたが、キャシャーンがいつになく明るい表情をしていたのが印象的でしたね。ルナに会うという目的を見つけて大いに救われたようです。ディオのことなんかは眼中に無いのでしょう。

ディオは悩んでいるようです。このままではキャシャーンに勝てないというコンプレックスにまみれている様子。だから仲間を集めて、強大なキャシャーンに立ち向かおうとしている。レダは、そんなディオの心の支えになっている。なんだかこっちのほうが主人公チックです。

世間的に見ても、キャシャーンはルナを殺して『永遠の命』を奪い、滅びをもたらした大悪人であり、それを倒して滅びを止めようとするディオは救世主でしょう。つまりキャシャーンは主人公じゃなくてラスボスなのでしょうか。

ドゥーンはキャシャーンを仇と思っていて、今回はディオをキャシャーンと勘違いして戦ってしまいましたが、今後どうするのでしょうか。彼はイノセントなキャラなので、彼がどちらに付くかで、どちらが主人公なのかが決まる気がします。 それにしてもドゥーンとの戦闘シーンは凄かったですね。アニメならではのデフォルメされた表現が効いていて、『職人芸』という感じでした。

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キャシャーンが何かを約束したのは初めて、でしょうか。キャシャーン sins 9話 「滅びの谷に咲く花」 の感想です。

天国があるとしたら、どんなところなのでしょうね。綺麗な花が咲いていて、悩みも仕事もなく、ふわふわと花を摘んだりして暮らす、そういうところだとしたら、あの『ロボットの墓場』の谷は天国だったのでしょう。ニコはもうとっくに死んでいて、あの天国から別の天国に旅立ったのでしょう。そう考えないとやりきれないようなストーリーでした。

でもキャシャーンにとって、今回は重要な転機となったようです。あてもなく彷徨っていたキャシャーンに、ようやく目的が出来たので。信憑性は低いとはいえ、ルナが生きているという情報はキャシャーンにとって大きな救いでしょう。彼には果たすべき約束も出来たので、もう「死にたいから殺してくれ」なんてことは言わないのでしょう。

例によって、叙情的な演出は印象的でした。冒頭の、ロボットが上から落ちてきて、その衝撃で花びらが散るシーンとか。死に行くルナと、包帯が解けるキャシャーンの対比とか。

オージーとボルトン(壊れたロボット)が同じ声なのは紛らわしかったですよ。最後の「ずっと待ってるからな」というセリフはオージーのものだと思っていて、さっきセリフを確認するために聞きなおして違うことに気づきました。

来週はディオが再登場のようですね。1クールものならそろそろクライマックスですが、2クールのようで。『キャシャーンの滅びツアー』を2クールやられるのは流石に飽きそうなので、そろそろストーリーにも転機が欲しいところです。

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前回の『高い塔の女』と対になるような話ですね。美しいものを伝えようとした2人の間で、何が違っていたのか。キャシャーン sins 8話 「希望の賛歌」 感想です。

どちらも思いは同じのはずです。塔の女性は、美しい音色の鐘を作れば人々の心に届くはず、と考えました。でも、滅びの世界でモノにこだわったのが敗因でしょう。モノは滅びてしまうから、たとえそれが美しくても励みにはならないでしょうし、ましてや、滅びの世界で美しいモノを作るのは困難だったのです。

一方で、ジャニスは歌によって『魂の美しさ』を伝えようとしました。それは人々に届いたようです。

ジャニスの回想シーンに出てきた尼さんが、『天使にラブソングを』のウーピー・ゴールドバーグに見えて仕方ありませんでした。コメディですが名作ですよ。シスター・メアリー・ロバートには萌えます。それはともかく、この映画も歌の力によって人々に勇気を与えるというメッセージがあり、歌をテーマにした作品はみんなそうですね。確かに歌には力があるのでしょう。魂を伝達するプロトコルとして優れた実装なのでしょう。

余談なんですけど、英語の成句で"face the music"というのをご存知でしょうか。直訳では「音楽の方を向け」ですが、正しくは「(勇気を出して)困難と向き合え」です。由来については諸説あるようですが、"music"がそういう意味になるのは興味深い。ジャニスの歌を聴いた人々は、困難に向き合う勇気が得られたのでしょうか。

ラストの戦闘シーンは壮絶でした。キャシャーンは殺すために生まれた存在で、彼はそのことに苦しんできましたが、ジャニスを守るために戦ったことは、彼にとって救いになったことでしょう。しかしそれもまた失われて、キャシャーンは目的の無い旅に戻ったようです。彼に目的地はあるのでしょうか。

この物語に出てくる女性(型ロボット)は、みんないちいちエロいですね。まぁ、滅びゆく世界で、健康な男女がいれば、やることはひとつという気はしますけれども。終末世界が本質的に内包している淫靡さなのでしょう。

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終末の世界が美しい、というのは分かる気がします。グランドキャニオンで崖の端に立った時に感じたのですが、人工物が一切見えない荒涼とした世界は凄絶に美しいかったので。キャシャーン sins 7話 「高い塔の女」 の感想です。

例え話として引き合いに出すのは不謹慎かもしれないのですが、僕が好きな作家である栗本薫さんは、いまガンで闘病されています。すい臓がんは生存率の低いガンで、今は抗ガン剤が効いて小康状態のようですが、1年後に生きている保証は全く無いわけです。でも栗本さんは、「残り時間が何年だろうが何ヶ月だろうが、自分は小説を書くだけだから、何もジタバタすることは無い」と言われています。残り時間にやることが、迷わずあるって凄いですよね。僕だったら、何をしたらいいのか分からなくてジタバタするでしょう。

この物語は、終末の世界でジタバタする人々の話です。今回のヒロインは塔を建てていますが、英語で"The Tower"と言えばバベルの塔であり、傲慢や徒労の象徴です。彼女も徒労なのかもしれないと思いつつ、他にやることが無いので、憑かれたように塔とそれに納める鐘を作っているのでしょう。

彼女が作った鐘は、品質的には不本意なものだったようですが、キャシャーンの心には届きました。それで彼女は満足を得られたようです。栗本さんにしても、「小説さえ書いていればいい」と言い切れるのは、小説が読者に届いて、それによって彼女が読者の中で生き続るからでしょう。塔を作った彼女は、キャシャーンという受け手を得たことで、自分が滅びてもキャシャーンの中で生き続ける、と感じることができたのでしょう。

キャシャーンの役割は、結局そういうことなのかもしれません。終末の世界を巡って、人々の最後を看取ること、です。

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「オマエのことなら全て知っている・・・。ただ、そんなことはどうでもいい。」 って、どうでもいくないよ!教えてよ! キャシャーン sins 6話 「運命との再開」 の感想です。  

前回はぐらかされたので、今回こそキャシャーンの過去について明かされるのかと思っていたら、またしても。新情報は、『キャシャーンは人間ともロボットとも違う』ということと、『キャシャーンの体の秘密を調べることで滅びを止められるはず』 ということでしょうか。まぁ、そうなんだろうなという範囲です。

今回は、ほとんど全編がディオとの粘っこいやりとりに費やされていたので、正直あまり内容が無かったと思えます。見所があるとすればリューズでしょうか。

リューズ 「か、勘違いしないでよね。私は必ずあんたを殺すんだからねっ!」

いやなツンデレですが、自分を殺してほしいと思っているキャシャーンにとっては、これもひとつの萌え要素かもしれません。

キャシャーンは、『死にたい』のか『自分のことを知りたい』のか、どちらなのかハッキリしろと。どちらとも決められず、その場の気分に流されているようですが。これはこういうキャラなのでしょう。もどかしさはあります。

次回はまた、旅をして人に出会うロードムービーに戻るようです。これまでの例では、この手の話は良作なので楽しみですが、話の本筋も進めて欲しいとは思いますね。

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今回はツンデレ犬フレンダーにつきます。キャシャーン sins 5話 「月という名の太陽を殺した男」 の感想。

フレンダーは犬の性質を持っているでしょうから、主人となる人を本能的に求めているのでしょう。キャシャーンに自分と似た部分を感じているというのもあるかもしれません。でもキャシャーンは以前の主人の仇なので、簡単に打ち解けることはできないでしょう。

だから付かず離れずでいたのだが、キャシャーンが涙を流したときに、つい気になって近寄ってしまった。いじらしいよフレンダー。すぐにツンツンに戻ってしまいましたが。

フレンダー 「あんたが心配で近づいたんじゃないんだからねっ!」

フレンダーは暴走したキャシャーンの手からリューズを救いましたが、それはキャシャーンに罪を重ねさせたくないという気持ちからでしょう。いい奴だよフレンダー。

今回はサブタイトルからして、キャシャーンがルナを殺した理由など、彼の過去の一端が明らかになると思ったのですが、ほとんど何も進展はありませんでした。なかなかもったいぶりますね。

リンゴの叫びで、キャシャーンの暴走が止まりましたが、それはリンゴの特別な力なのでしょうか。だとすると、キャシャーンにとってリンゴの存在は重要ですね。

とか思っていると、ラストで新キャラが登場。「キャシャーンを殺せるただ一人の男」だそうです。キャシャーンと同じ系列のロボットに見えますが、キャシャーンを造った人が、安全装置として造っておいたものなのでしょうか。

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これはキャシャーンの救済の物語なのでしょうか。どん底だったキャシャーンは、また少し救われたようです。キャシャーン sins 4話 「滅びの天使」 の感想です。

2話の終了時点では、キャシャーンはどん底でした。自分は暴走する戦闘マシーンであり、自分に関わったものは必ず破滅するのだ、という自らの業の深さに絶望して。

3話でアコーズに会ったことにより、キャシャーンは「自分に関わったが人が必ずしも破滅するわけではない」ことを知りました。むしろアコーズに小さな幸せを与えることができて、あの瞬間確かに、キャシャーンには存在する意義があったのです。

今回はソフィータに会って、彼女の剣で貫かれても落ち着いていられたことから、「自分は必ずしも狂戦士ではない」ことを知りました。このことでかなり救われたのではないでしょうか。この世界で自分らしく生きようとしているソフィータの姿にも、心を動かされたようです。生きて再び会いたいと思う人が、彼にも出来たのでしょうか。

フレンダーはどこに行ったのだろう。てっきり道連れになるのだと思っていましたが。キャシャーンを遠巻きに見張っていて、いざという時に現れたりするのかな。

脚本は高橋ナツコさん。シリーズ構成が小林靖子さんなので、2大女性脚本家のコラボレーションといったところです。これで岡田麿里さんも参加されればオールスターですが、彼女は今期3本抱えているのでありえないでしょう。それはともかく。ソフィータとキャシャーンの心の動きが繊細に描写された、味わい深い脚本でした。

2~4話はロードムービー調の連作短編でしたが、次回はヒロインの2人が再登場して本筋のストーリーになるようです。キャシャーンの謎のいくらかが明らかになるのでしょうか。それにしてもアバンのキャシャーンは怖いですね。

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「さーて、朝から鬱々とした気分にでもなるかな」と思いつつ観たのですが、今回は救いのある内容でした。たぶん。キャシャーンsins 3話 「苦悩の果てに」の感想です。

この作品、新井素子の『ひとめあなたに…』という小説を彷彿させます。地球があと1週間で滅亡するという終末の世界を舞台に、恋人に会いに出かけた女性がさまざまな人に出会うというストーリーです。狂気と絶望に満ちた、静かで美しい世界を描いていました。

今回、はじめて?人間が登場しましたが、彼も死に行く運命でした。逃げ続けてきたのに、最後は誰かと一緒にいたいと願った彼は、キャシャーンと出会えて幸せだったのでしょう。

キャシャーンも、本当は一人ぼっちではいたくないのでしょう。何もわからずにこの世界に現れて、自分がやったことといえば周囲の人を傷つけることだけ。ならば誰とも関わらないようにしようと思っても、本心からはそう思っていない。アコーズがキャシャーンの名前を知らないと言ったシーンの、キャシャーンの救われたような表情が印象的でした。

フレンダーという道連れも得て、2話でズンドコだった彼の心情も少しは上向いたようです。でもいまだに、彼には目的がありません。『生きるために生きている』という点ではアコーズと同じ状態です。今後彼は、罪を背負ってでも生きるに足る理由を見つけることができるのでしょうか。

アバンですが、ルナとキャシャーンの出会いのシーンを何度もやっている気がします。でも台詞は微妙に違う。これは何を意味しているのだろう。

エンディングは、希望を暗示させる内容ですよね。この物語の結末は希望に繋がっているのでしょうか。内容は暗いですが、クオリティが高いことは疑いないので視聴継続するつもりです。

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滅び行く世界を舞台にした陰鬱な話。キャシャーンsins 1話 「終末の世界で」 の感想です。

日本人の中には『滅びの美学』があるそうで。忠臣蔵とか義経記とか、滅びに向かうストーリーを好むメンタリティーがあるということです。

このアニメは滅び行く世界が舞台であり、荒廃した地上の風景はスペクタクルではあります。この『終わった世界』の『もののあはれ』浸りきるのが正しい楽しみ方なのでしょう。

シリーズ構成は小林靖子さんで、ブラスレイターに続いてのダークヒーローものです。キャシャーンの戦い方は、どう見ても正義の味方じゃないですよね。目もイッちゃってるし。彼は記憶を失っているようで、視聴者と同じ立場に置かれていると言えます。「この世界は何?俺は何者?」という。でも戦う本能だけはあるようです。

荒廃した世界にあって、リンゴの瑞々しさは印象的でした。でもあまり健康的な感じがしなくて、どこか不自然というか退廃的な雰囲気があるのはなぜだろう。

アクションは素晴らしいですね。さすがマッドハウスと思います。キャシャーンの『殺戮機械』の雰囲気がよく出ていました。

このままずっと、この陰鬱な雰囲気なのでしょうか。だとするとちょっと辛いけれど、雰囲気は良いので、次回も観てみるつもりです。それにしても、感想書いているブログさん少ないですな…

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