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ここは「とらドラ!」 カテゴリの記事です。
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サブタイトルどおり、「とらドラ!」な最終回でした。とらドラ! 第25話 「とらドラ!」 の感想です。

竜児が大河を好きになった理由が、いまいちわかりにくいところがあったのですが、つまり『並び立つ』パートナーをお互いに求めていたから、惹かれあったのでしょう。最終回にしてそこに立ち戻りました。

前回の時点では、竜児の中では大河への同情が多くを占めていたと思うのですよ。家族がいなくて淋しいなら、結婚して俺が家族になってやるという。でも、大河が求めた関係はそういうものではなく、竜児の本心も違っていたはずです。

ひとときの熱狂に身を任せ、駆け落ちをしてみた2人でしたが、それは両者とも了解の上の、ごっこ遊びのようなものだったのでしょう。まだ不安なので、相手や自分の気持ちを試すためのごっこ遊びです。あの結婚式ごっこもそう。

実際には、竜児はやるべきことをわきまえていて、泰子と仲直りし、ついでに断絶していた泰子の両親との仲直りまで果たしました。グッジョブだと言えます。彼はずいぶん成長しました。

それを見て、大河は大いに刺激されたのでしょう。竜児は努力して家族を得たのです。ひるがえって、自分は何をしてきたのかと。

大河が竜児の元を去ったのは、逃げたのではなく、家族を取り戻すために果敢に攻めこんだのでした。そうして自分も家族を得て、対等な関係になったところで、竜児にまた自分のことを好きになってほしいと思ったのでしょう。自分に誇りを持ち、『虎と龍のように並び立つ』関係です。

この物語では、要所で星が象徴的に使われています。 都会の夜空に星は少ないけれど、そうして淋しく光っている星は、むしろ都会のノイズに負けない強さを持っているのでしょう。あの写真は、「私も都会の星のようにがんばっているから見てて」、と言いたかったのでしょう。

ラストのモノローグは、つまりボーイ・ミーツ・ガールということでしょうけれど、単に運命とかではなく、お互いに相手にふさわしいように努力することで、この世で一人だけのパートナーを見つけられるんだよ、というメッセージでした。

ラストが卒業式というのも、ベタだけれどいいですね。みのりや亜美の恋は実らなかったけれど、彼女たちの人生はまだまだこれからで、ここから新しい世界に向けて羽ばたいていくのでしょう。亜美は転校すると言ってたのに、結局卒業までいたようだし。みのりと亜美の仲のよい様子は微笑ましいものがありました。

このところ、やや強引な感じもありましたが、最終回でとても綺麗にまとめてくれました。余韻のある良い最終回だし、よい青春ストーリーだと思います。僕の中では殿堂入りしましたよ。

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これまで溜めに溜めてきたものが爆発した回でした。とらドラ! 第24話 「告白」 の感想です。

全員が、自分の本心を明かさず、聞かれてもはぐらかし、他人の出方をうかがっているのがこれまでの展開でしたが、ここで一気に動きました。他の誰に言われたからでもない、「自分だけのやり方」で。

実乃梨のやり方は、竜児をずっと好きだったことを告白することでした。大河に譲ろうとしたのは傲慢だったと言いましたが、それは大河に対しても、自分に譲ろうとするのは傲慢だ、と言いたいのでしょう。お互いに気持ちを晒して、その上で竜児に選んでもらうという、真っ当なやり方の提案です。

その気持ちは大河には伝わって、彼女なりの不器用なやりかたではあったけれど、まっすぐに告白をします。微妙に邪魔が入った格好でしたが、竜児には伝わりました。

竜児のやり方は、「嫁に来い」とプロポーズすることでした。家族がいない大河を救うには、自分が家族になるしかないと思ったのでしょう。それによって自分は大人になり、ヤスコの重荷ではなくなるという一石二鳥の作戦でもあります。

その心意気はよいのですが、竜児のヤスコに対する態度はまだまだですね。友達にはあれだけ気を遣うのに、母親を平気で傷つけてしまうのは、まだまだ母親に甘えているガキだという証拠です。 駆け落ちという手段も、本人たちはオトナのつもりですが、あれは伝統的に幼い恋人達がやるものです。大河はすっかり遠足気分ですしね。

でもこれは、制作者も狙ってやってるはずで、ここまでは”幼い恋人達”を強調しているのでしょう。竜児が本領を発揮するのはここからのはず。実家を訪れた彼は、何かを決意しているようです。竜児は少年から男になれるでしょうか。

ヤスコが不憫です。息子から、「お前は人生の敗残者だ。自分の失敗を俺に押し付けるな。」的なことを言われてしまったのですから。心が折れてしまっても無理はないというものです。

竜児は実家に行くのは始めてのようなので、これまで実家に頼らずに子育てしてきたのですよね。大変だっただろうと思います。竜児と2人で残されたヤスコは、「自分の力だけで、この子を一人前にしてみせる」と誓ったのでしょう。お金に不自由させず、教育も受けさせてみせると。それはヤスコの意地です。他のことでは子供を拘束しているように見えないけれど、”お金のために勉学をおろそかにする”ことだけは許せない、譲れない一線なのでしょうね。でもそこを否定され、「ヤスコが頼りないから俺が稼ぐしかない」と言われたも同然で、自分は母親の資格が無いと思ってしまったようです。

実乃梨も残念だったけれど、彼女の側にいる存在として亜美はベストでしょう。実乃梨は何でも思いつめてしまいがちで、ちょっと恋がうまくいかないだけで「一生恋はしない」とか思ってしまうタイプです。だから、「あたしたちの歳で人生語るなんて早すぎるってーの」という亜美の言葉は、今の実乃梨に一番必要なものでしょう。

亜美も、他人と距離を置く性格なので、これまで本当の友人が出来なかったのだけれど、実乃梨とはお互いに弱みを見せ合ったことで、友達になれたのでしょう。

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マザコン竜児は男になれるのか。とらドラ! 第23話 「進むべき道」 感想です。

亜美は、実乃梨ではなくて大河のことを応援していたのか。実乃梨にしきりに絡んでいたのは、実乃梨を応援するためだと思っていたのですが、深読みしすぎていたのかも。いまいちピンときていませんが、なにか見落としているのかもしれません。 ともあれ、”大河を応援している”ことだって、亜美の本心ではないはずで、なにかと複雑な人です。

以前に大河はファザコンだと書きましたが、竜児は(悪く言えば)マザコンでしょう。母親と自分の絆を何より大事にしていて、”ヤスコを守る”ことに偏執的にこだわっていて、つまりヤスコに依存しています。

母親に守られていたボーイは、いつかマンにならねばならないのです。「男は一歩外に出ると七人の敵がいる」わけで、そんな優しくない世界にあって、二本の足で一人立ちしてこそ男でしょう。そのためには、将来についてもっと真剣に考えなければならないのに、竜児は”母親と離れて一人立ちする自分”について考えることを怖がっているようにも見えます。

大河に対しても、彼女の表面的な願い(告白を聞かなかったことにしてほしい)だけを守ろうとして、その下にある本当の気持ちに踏み込もうとはしません。マザコンの彼にとって、女性は神聖不可侵な存在なのでしょう。でも男なら、女を奪わなければ。フェミニストの人には怒られそうですが、本質的にはそうだと思っています。 奪う相手は実乃梨だったり、大河の父親だったりするのでしょう。 

竜児が不甲斐ないから、実乃梨にあそこまでやらせてしまいました。「お前は俺のことが好きなのだから、四の五の言わずに俺の女になれ」くらい言うべきでしょう。まぁ、このお話ですから、そこまでダイレクトな展開にはならないでしょうけれど、竜児がいかに”ボーイからマンになるか”に注目しています。

ちなみに”ボーイがマンになる”というのは、氷室冴子さん(惜しくも最近亡くなられました)の小説にあった表現で、好きなんですよね。そういえば、とらドラの原作小説を1巻だけ読んでいるのですが、どことなく、心理描写のタッチなどに氷室冴子さんの影響を感じました。

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自分がどうしたいかではなく、他者の期待に沿って行動してしまうという竜児の性格が浮き彫りにされていました。第22話 「君のいる景色」 の感想です。

ヤスコは自分のことを「スーパーお母さん」と称していましたが、彼女はその名に恥じないでしょう。女手一つで、竜児をあんな立派な男に育てたのだから。ふわふわしているように見えて、きっとすごくがんばってきた、偉大な人ですよ。

竜児はそんな母親に育てられたから、自分の希望よりも、周囲の期待に応えたいメンタリティが形成されたのでしょう。トップレベルの成績を維持しているのも、将来何がしたいというよりも、母親を喜ばせたいからで、ゆり先生から「高須君自身がどうしたいのかが見えない」と突っ込まれていました。

思い出のダンボール箱を引っ張り出したのは、大河に「片思いは情けないけど、恥ずかしくはない」と言ってやりたいからでしょう。そうして大河を励ましてやりたいと。でも自分でも気づいたように、竜児の口からそれは言えないわけです。

となると、竜児にできることは、大河の想いに答えるか、告白を無かったことにして気持ちを楽にしてやるか、の2択です。どちらにするかは決めかねていたようだけれど、ベランダの会話で、大河が「無かったことにしたがっている」ことに気づいて、後者を選択しました。

ここでも、大河の期待に反応しただけで、竜児がどうしたいのかは判断に入っていません。このまま周囲に合わせているだけでは何も進展しないので、竜児自身が『どうしたいか』に気づいて行動することが、物語が動くために必要なのでしょう。

前回の記事で、

・亜美は竜児と実乃梨のことを応援しているのだが、それを素直に出せず、むしろ引っかき回していることを反省している
・その反面、亜美も竜児のことが好きなので、実乃梨を邪魔したい潜在意識もあり、そのことで自己嫌悪に陥っている

のではないかと書きました。これが正しいとすると、亜美はトリプルで落ち込んでいるわけです。実乃梨への罪悪感、自己嫌悪、そして失恋。

実乃梨が亜美を追いかけてきたのは、亜美が自分のことで悩んでいるのに気づいていて、「自分はもう吹っ切れたから心配するな」と言いたかったのでしょうか。

でも亜美にとっては、それは自分の失敗の結末なので、そんな話は聞きたくないわけです。うぜぇと言いたくもなるでしょう。そしてますます落ち込むのであった。ネガティブスパイラルですね…。

自販機の隙間に入るのは、転校当初の癖で、彼女の満たされない心を表しているのでしょう。人との間に壁を作り、腹を割って話せる友達がいないという。そんな彼女にとって、大河や実乃梨は自分をさらけ出せる数少ない友達であり、大事にしているはずです。でも彼女は友達を失って、恋は諦めて、自販機の隙間に逆戻りしてしまった。

実乃梨は、見えないもの(恋愛)に憧れるのはやめて、見えるもの(部活やバイトなど、今できること)に集中することにしました。彼女にとって、後者も大事なものではあるのでしょう。そもそも彼女はそういうポリシーだったので、以前の実乃梨に戻ったとも言えて、今回は調子を取り戻したように見えました。でも、彼女は以前とは変わってしまったはずなんですよね。

残り回数が少ないですが、自分を押し殺しているヒロインたちが、開放される結末を切に望んでいます。 マンガとかラノベ等の感想ブログさんによれば、今回から原作9巻の内容になり、10巻で完結だそうなので、きっちり決着をつけてくれるのかもしれません。

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実乃梨の一番の味方は、実は亜美なのかもしれない。 今回は亜美を中心に書きます。とらドラ! 第21話 「どうしたって」 の感想。

亜美の考えていることは分からないと、ずっと思っていたのですが、思い返せば、亜美は一貫して竜児と実乃梨にハッパをかけていたんですよね。嫌味っぽい言い方ではあったけど、「罪悪感は無くなった?」というのは、「もう罪悪感を感じる必要は無いはずだから、竜児にアタックするべき」という意図だったろうし、「いつまでパパ役やってんの」というのは、「大河の面倒を見るのはいい加減にして、想い人である実乃梨にアタックしろ」という意味だと、今では思えます。

亜美も竜児のことが好きなのだろう、と思えるシーンはいくつかありましたが、彼女はあれで友達想いで、竜児と実乃梨は両想いなのだから、2人が一緒になるのが一番良い、と理屈では考えているのでしょう。別荘の回で、語り合う竜児と実乃梨を遠くから眺める亜美の描写がありましたが、あの頃からそう考えていたのかもしれません。

でも実際には、亜美のやっていることは逆効果になっています。実乃梨が竜児を避けるようになったのは亜美の言葉がキッカケだし。それに罪悪感を感じていた亜美は、局面打開のために、実乃梨を怒らせて本心を聞く作戦に出ましたが、これも失敗してしまい、彼女らしくないくらいに落ち込んでいました。ぶつかってきた実乃梨にキレたのも、その落ち込みの反動でしょう。

そうやって『逆効果』なことをしてしまうのは、心の底では、やはり竜児と実乃梨がくっつくのは面白くない、と思っているせいかもしません。そういう、『本心の下にある本音』を意識しないと、この物語は理解できないと思えます。
”本音”は”本当の音”と書きますが、考えていることよりも、言葉にしたことのほうが実は”本音”ってことはあるものです。

「自分の心が一番わからない」というのは亜美の言葉ですが、実際、自分の心が一番ままなりません。例えば、何か嫌なことがあって、いまさらクヨクヨしても仕方ないじゃん、と理屈では分かっていても、どうしてもクヨクヨするのがやめられない、という経験は誰にでもあるでしょう。人間関係で失敗したなら、その人と会わないようにする手もありますが、自分の心と会わないわけにはいかないのが厄介です。
スイッチを切り替えるように、「もうこのコトは考えない」と心を切り替えられるなら、どんなにいいかと思います。ヒロインズも、きっとそんな気持ちなのでしょう。

北村はどうなのでしょうか。彼は全部お見通しなのか、本物の天然なのかどちらかだと思っていましたが、どうやら後者なのかな。高須が実乃梨を好きだと知って、心底驚いた様子でした。失恋大明神としては、竜児と実乃梨をくっつけることが、大河の願いを成就させることになるのでしょうか。

大河はずっと、竜児に自分の恋愛の相談をしていたのが、最近パタっとしなくなったと思ったら、いつのまにか相談役は北村になっていたのですね。恋愛対照と相談役がスワップする、というのは王道展開ではあります。いよいよ大河が焦点になるということでしょう。

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5人組のうち、竜児以外は恋愛から引いてしまっている様子で、竜児の出方次第ですが、肝心の彼の気持ちはどうなのだろう。とらドラ! 第20話 「ずっと、このまま」 の感想です。

大河はかなり様子が変わって、ある種しっかりしたようですが、これは亜美が言うところの「大怪我した」結果なのでしょうね。竜児が自分にとって大切な存在であることに、クリスマスの晩に気付いたけれど、竜児はみのりとくっつかなければならないから、自分は今後もずっと一人で生きていく、という覚悟をしたのでしょうか。

北村と普通に話せるようになったということは、熱が冷めたということなのでしょうか。自分が本当に好きなのは竜児で、竜児といられないなら一人でいい、とまで思いつめているのか。

みのりもそういうところがありますが、『失恋 → ずっと一人で生きていく』 という思考経路は女性特有かもしれません。女性の場合、恋愛と結婚がより強くリンクしていて、高校生でさえこれくらい思いつめてしまうのかも。自称『行き遅れ』のゆり先生が、そういう生きかたのお手本?なのでしょう。これが本当の反面教師か。「人生思いどおりにはなんねーぞ」だし。

みのりの竜児に対する思いは、やはり複雑なものがあるようです。”竜児が好きなんだな”と思えるサインは明らかに増えていて、ひとつひとつがとても可愛いですが(信号の演出も秀逸でした)、一方で『嫉妬』についても話していましたね。弟に嫉妬しているという話ですが、あれは竜児に嫉妬していると言いたいのでしょう。

みのりと大河は親友のはずなのに、1年以上家を訪ねていないというのは意外でした。断片的にしか語られませんが、おそらく大河と父親の仲を取り持とうとして失敗して、大河を傷つけてしまい、それ以来、深く関わることを怖れるようになったのでしょう。とても繊細で臆病な子です。彼女には竜児の無神経さが羨ましくもあり、苛立たしくもあるでしょうね。

亜美と大河が接近しているのは、同じフラれ組ということなのでしょうか。やっぱ男より女友達だよね、という心理なのかも。亜美は忠告ばかりしていますが、自身がどうしたいのかは図りがたいです。
彼女にしてみれば、仲間内でくっついたり離れたり、友達に励まされて告白したり、なんて子供っぽい恋愛沙汰(と言ってしまってはおしまいだが)は見ていられないんでしょうけれども。

北村は、会長との失恋の痛手から回復していませんね。会長のことになると、いつものようにおちゃらける余裕もない。彼はこのところ蚊帳の外ですが、このまま”当て馬優等生キャラ”で終わるのか。

で、問題は竜児ですよ。「全部燃えてなくなればいい」とか口走っていて、できればみのりに告白する前に戻って、”ずっと、このまま”の仲良し5人組でいたいと思っているようです。

それでも彼は、大河が自分のためにがんばっているからがんばろう、ということで告白するつもりですが、彼の気持ちはどうなのかと。いや、僕はみのり派ですから、竜児とみのりがくっつくのは歓迎ですけど、肝心の『竜児のみのりへの想い』が語られないのが気になります。「大河ががんばってるから俺も」の一辺倒なんですよね。

次回は修学旅行で、しかも雪山ということで、お約束のアクシデントがあったりするのでしょうか。なんにしろ、5人の関係は”ずっと、このまま”には戻れないところに来ているのでしょう。

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"男女のすれちがい”を描くのがラブストーリーですが、清清しいまでのすれちがいっぷりです。とらドラ! 第19話 「聖夜祭」 の感想。

アメリカあたりでは、パーティーで盛大に騒ぐのはどちらかといえばハロウィンで、クリスマスは家で家族と過ごすのが基本だそうです。でも日本では、クリスマスは"恋人のためのイベント”ということに記号化されていて、”友達から恋人に進展するための機会”としての利用価値があるのでしょう。「つきあってくれ」とは言いにくくても、「クリスマスに会ってくれ」とは理由をつけて言いやすく、でもそれは「つきあってくれ」にほとんど近いという暗黙の了解があります。

竜児としては、クリスマスパーティーを契機に、自分とみのりが恋人になり、さらに大河と北村が進展すれば、全員がハッピーになれるという思惑だったのでしょう。でも、そう思っていたのは竜児だけだったようです。

それを竜児に気づかせたのは、例によって亜美でした。大河が家に帰ったと聞いて、北村とよろしくやるのだろうと思っていた竜児は驚き、大河が頑張っていたのはすべて『竜児とみのりのため』だったことに気づきました。自分の幸せは諦めていて、大切な人が幸せになるの見ていればよい、という大河の想いにも気づいたでしょう。気づいてしまったからには、大河を一人ぼっちにすることは彼にはできませんでした。

でも、これは恋愛感情なんですかね? ”サンタさん”と大河の様子は、まるっきり父親と子供でした。首につかまった大河を振り回してみたり。大河は、子供のころに会ったサンタが父親であることには気づいていて、サンタさんを求める気持ちは、父親を求める気持ちだったのでしょう。 竜児に父親のスーツを贈ったのは、父親を投影する気持ちがあったかもしれません。要するにファザコンなんですよね。

そんな大河に、父親属性のある竜児はジャストフィットだったわけですが、その関係はどうなのよと。2人の奇妙な関係のおかげで、だれも幸せになっていないわけです。亜美は「幼稚なおままごとはやめたほうがいい。なんでパパ役なんてやってるの。」と言っていましたが、それはとても正しいでしょう。

みのりは今回も不憫でした。UFOやお化けについては9話の感想で書きましたが、『信じたいけど見たことがないもの』の象徴です。それらが「もう見たくない」ということは、「恋愛はしない」と宣言されたも同然で、竜児としては玉砕ですが、自分で招いた結果だとも言えます。

北村の考えていることは、相変わらず図りがたいですが、みのりと同じベクトルなのかもしれません。上半身裸で周囲をドン引きさせたのは、「自分は今日は道化役に徹して、恋愛には関わらない」という宣言なのでしょう。大河の好意には気づいているはずで、”クリスマスに告白”なんてことにならないように予防線を張ったのかなと。彼も、大河と竜児がくっつくのが良いと考えているのでしょう。

そんな北村やみのりの思惑と、竜児や大河の想いはズレていて、竜児と大河の間の想いもズレています。亜美も、周囲のことはよく見えているけれど、自分の気持ちと現実のズレはどうにもできずにいる。そんなすれちがいばかりの5人に落ち着きどころはあるでしょうか。竜児がどうしたいかがキーになるでしょうけど、彼が一番、自分の気持ちがわかっていないようです。

今回はコンテと演出がカサヰケンイチ氏ということで、そのせいか、いつもより感情を表に出したドラマチックな演出が多かった気がします。これもいいですね。

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ヒロインズの三者三様に、現実と正面から向き合うのことを避けているようです。とらドラ! 第18話 「もみの木の下で」 の感想です。

大河がこのところ機嫌が良いのは、北村とうまく行きそうだからと思っていたのですが、どうも「クリスマスだから」という理由が大きいみたいで。今回、彼女のクリスマスについての思い入れが語られましたが、要するに、信じても裏切られることがない『ファンタジーの世界』が好きなんですね。

現実世界で人を信じたり縋(すが)ったりすると、裏切られたときにダメージがあり、彼女は何度もそういう経験をしているのでしょう。ファンタジーの産物であるサンタクロースであれば、そんな心配は無いわけです。また、普段はコワモテの鎧をまとっていても、「クリスマスだからいい子になる」という名目であれば、素直になったりプレゼントをあげたりもできる。そういう非現実としてのクリスマスが、彼女にとっての救いなのでしょう。

でも、それは現実にちゃんと向き合わず、ファンタジーの世界に逃げているとも言えます。クリスマスを契機に、『日常』でも変われるのであればよいのですが。竜児とみのりのキューピッドを演じている彼女は、果たして素直になれているのかどうか。

亜美はと言えば、『リセット願望』に逃げていますね。竜児が好きなのだけれど、仲良しグループに割って入れない現状に閉塞感を感じている。自分はどこで間違えたのか。全部リセットして最初からやりなおしたい、と。

でも、それは無理な話ですからね。現実をちゃんと受け入れて、ここから変えていくにはどうすればよいかという建設的な考えに切り替えることが必要なのですが、そこまでの距離は通そうです。

みのりは病みっぷりが進行していますが、彼女はひたすら、現実や自分の想いから逃げ回っています。竜児が好きだけれど、認めるといろんなものを壊してしまうから、それは無かったことにしなければならない。竜児とも近づいてはならない、という。

体育館の窓を割ったのは、偶然では無い気がしています。意識的か無意識かはわかりませんが、クリスマスパーティーが嫌だとか、行かない口実が欲しいとか、そういう気持ちが出てしまったのではと。

だからこその、あの落ち込みっぷりだと思うのです。ダメな自分の想いのせいで、大河の大切なものを壊してしまった。これを繰り返さないためにも、自分の想いは絶対に抑えこまなければならない、という。そんな彼女は見ていて辛いですね。彼女に必要なのは、自分の気持ちにきちんと向き合うことだと思えます。

それぞれ袋小路に入って、現実的になれないヒロインたちですが、ここからどうやって抜け出すのかが見ものでしょう。竜児が主人公らしいところを見せられるかどうか。

ゆり先生がいい味出してます。期末試験とか老後の心配とかしている、現実的すぎる彼女は、現実的でないヒロインたちの対照なのでしょう。

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水星は占星術では『知性やコミュニケーションの象徴』で、それが逆行する時期は『知性やコミュニケーションが混乱する』ことを意味するそうです。とらドラ! 第17話 「クリスマスに水星は逆行する」 の感想。

地球が他の惑星を追い越したり追い越されたりするときに、その惑星が見かけ上逆に(西から東に)動いているように見える現象を『逆行』と言います。惑星とは、フラフラと『惑う星』という意味なので。

OP/EDがこのタイミングで変わったのは、制作上の理由かもしれませんが、内容が新しいフェイズに入ったから、というのもある気がします。前回までのいろいろイベントの影に隠れて見えにくかったものが、一気に表面化して、5人組の仲良しグループが壊れつつあるようなので。これが『水星の逆行』でしょう。

みのりが元気がない様子は以前からありましたが、誰の目にもヘンだと分かるようになり、露骨に竜児を避けています。大河と北村はぐっと接近した感じ。さしもの鈍感な竜児も、変化に不安を感じています。亜美だけは相変わらずかな。

これまでモブキャラ同然だった、クラスメイトの木原麻耶がフィーチャーされていましたが、彼女はみのりの対照として配置されているのでしょう。北村の失恋をチャンスと見て攻勢をかけたり、ライバルの大河を排除するために竜児とくっつけようと画策することに何の迷いも無く、まさに対照的です。みのりが5人組崩壊の内的要因だとしたら、麻耶は外的要因とも言えます。でも、それほど嫌味が無いというか、これくらいは普通かなと思いますね。

むしろ、みのりの悩みっぷりが、普通ではない感じです。大河との友情のためか、あるいは恋愛そのものに臆病なのか。たぶん両方でしょう。あれだけ意識しているということは、竜児が好きなことは間違いないわけで、彼女が踏み出すキッカケが注目点でしょう。

北村の考えていることは、よくわからないですね。大河に好かれていることは気づいているはずだけれど、彼が大河をどう思っているのかは態度からはわからない。そういえば、5人のうちモノローグが無いのは北村だけじゃないでしょうか。あれで熱い男なので、ぬるま湯状態を楽しんでいるわけでは無いと思うのですが…。

大河はすっかり幸せ気分で、竜児の世話を焼く余裕っぷりですが、そう上手くいくのかなと。とりあえず今回はハッピー一辺倒でした。いつになくガーリッシュで、周囲から気味悪がられていますが、それは恋する乙女だから。

竜児は、自分の気持ちが自分で分かっていない様子ですが、『分かってないことが分かっている』だけでも他の面子よりはマシなのかも。基本的に全員、自分の気持ちがわかってないのでしょう。この年頃で、恋愛に慣れていることは無いわけで、その気持ちが恋なのか何なのか、分からないのは普通のことでしょう。

混乱した状況のまま、5人組は壊れそうになっていますが、元に戻れるのか、あるいは発展的に解消して新たな関係が始まるのか。水星ならば、逆行は一時的な現象であって、すぐに元に戻るのですが。

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恋愛は、始めるのは簡単だけれど、きちんと終わらせるのは難しいのでしょう。とらドラ! 第16話 「踏み出す一歩」 の感想です。

誰かを好きになることが恋愛の始まりですが、たいていは、告白することもフラれることもなく、うやむやに終わるのではないでしょうか。お互いに気があるんだろうなと意識しあっていても、なかなか一歩が踏み出せなかったり。

北村は、そういう”うやむや”が嫌いな潔癖症なので、生徒会長になったらきっちり告白しようと張り切っていたのに、その機会を失ったことで気が抜けてしまいました。でもみんなに励まされて、”きちんと失恋して終わらせる”ことを選んだのでしょう。

大河は、そんな北村の気持ちがわかったので、会長にはぐらかされて『きちんと失恋』できなかった北村の無念を晴らすべく行動しました。このときの彼女の気持ちは、北村の役に立ちたいという一心であって、自分が失恋しそうなこととか、恋敵への嫉妬とか、そんなことは意識していなかった様子。大河のがんばりのおかげで、会長の本音を引きずり出すことができ、北村は『きちんと失恋』することができました。

大河の「バカ」というハガキは、「北村を振るなんてバカだ」という意味でしょうね。だから私がゲットしてやると。会長が楽しそうに笑ったのは、自分がいなくなっても北村たちは”青春し続ける”ことが分かって、後味の悪さから救われたからでしょう。あのハガキは大河の優しさなんだな。

今回、みのりは静かでしたね。本来ならお祭り騒ぎにはノリノリで参加しそうなのに、静観していたのは、彼女にとって『みそぎ期間』だからと想像します。彼女が竜児が好きであり、親友を精神的に裏切っている(傲慢でズルい)ことが自分で許せなくて、その『みそぎ中』なのかなと。

今回のことで、大河と北村の絆はむしろ深まったように見えます。亜美がみのりに「罪悪感は無くなった?」と言ったのは、大河と北村がくっつきそうだから、もう竜児が好きなことに罪悪感を持たなくてもいいんじゃない? と言いたかったのでしょうか。でも亜美は、そう言ったことにすぐに後悔したようです。 微動し続ける5人の関係がどうなるのか、今後も楽しみです。いいですねー青春ドラマ。

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みのりは、やっぱり竜児のことが好きなんだろうな、と思えたエピソードでした。とらドラ! 第15話 「星は、遠く」 の感想です。

今回、みのりんの出番は多くは無かったのですが、例によって彼女の会話は意味深で印象的です。亜美を「全部分かっている存在であってほしい」と言っていましたが、これは亜美の立ち位置を表していますね。このドラマは5人の男女の人間模様なわけですが、亜美は一歩下がって4人の様子を客観視しているので。つまり、変わっていく4人の位置関係を見守る座標軸のような存在、でしょうか。

「そうであってほしい」というのは、そういう客観的な立場に留まっていて欲しい、という気持ちもあるんじゃないかなと。具体的には、登場人物になって竜児争奪戦に加わって欲しくない、という。もちろん、北村のために「そうであってほしい」気持ちもあるでしょうけど。

そういう後ろめたさがあるから、竜児に「優しい奴だな」と言われたときに少し取り乱して、「私はただ、傲慢でずるいんだよ」と言ったのでしょう。北村のために行動しているのも、北村と大河が最近イイ感じなので、できればうまく行って欲しいという下心があることも意識していて、それが自分でも嫌になっているように見えます。つまりみのりんは竜児のことが好きだと意識しているのだなと、今回かなりはっきり感じました。彼女のことは応援したいですが。

サブタイトルの『星は、遠く』は、近くに見える星座の星々が実は距離的には離れている、という意味でした。例えばオリオン座のベルトの3つ星は、地球からの距離はそれぞれ左から800光年、1300光年、900光年とバラバラです。地球から見ると傍にあるようでも、別の角度から見ると離れている。

大河は、北村が傍にいることで有頂天になり、話題が合ったことで喜んだりしていましたが、でもそれは近いように錯覚しただけと気付いたのでした。綺麗な比喩だと思えます。

北村に近づくために、大河が取った行動はちょっと突飛ですが、「とにかく何かやらなきゃ」という気持ちなのでしょう。状況を引っ掻き回すことで、何かが起こるかもしれず、悪くないやりかたかもしれません。ただし当選する気はないので、悪役キャラを演じているのでしょう。キャラはプロレスショーから取ったみたいで、あれも何気に伏線だったんだな。

キーになるのは、北村が会長から何を言われたかですが、そこはあまり予想せずに展開を楽しみにしたいと思います。

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第2クール1発目は岡田磨理さんの脚本回で、らしい繊細な恋愛模様でした。とらドラ! 第14話 「しあわせの手乗りタイガー」 の感想。

もちろん原作も良いのでしょうけれどね。今回がどれくらい原作準拠なのかはわかりませんが、女性作家らしいなぁと思うところはあちこちあります。

「奴の乳は6つある。見た!」は笑いましたが、哺乳類の多くは乳は6つ以上あるし、人間でも副乳と言って、メインの2つ以外に乳腺がある人がいます。女性で5%くらいの人にあり、ほとんど見えないので気づかないのですが、まれに膨らんだり、母乳が出ることがあるとか。 ところで、200番の写真はDVD特典ですかね…

突然ですが、物理学に『多体問題』というのがあります。いくつかの物体があり、それぞれに引力があって、さらにそれぞれが動いている(初速度がある)とします。これが一定時間後にどうなっているかは、物体が2個までであれば簡単に計算できます。中学の物理の問題ですね。でも3個以上になると、いきなり(厳密には)計算できなくなるのでした。いわゆるカオスです。(カオスの定義はいろいろありますが)

この物語では、5人の男女がいて、それぞれが微妙な引力で引かれあっていますね。しかもその力というのが、恋愛感情なのか、友情なのか、保護欲なのか、本人たちもよく分かっていない状態。ゆえにカオスであり、どうなるのかわからない緊張感がありますね。ある人の小さな動きが、他の人に大きな影響を与えたりという現象はカオス的です。

僕はみのりと亜美が好きなので、今回は二人の感情の揺らぎが見られて良かったな。手をつないだ写真を見て照れるみのりんは、いつものハイテンションとのギャップでとても良いですね。亜美がみのりに「写真ごときで大騒ぎするな」と言ったのは、そんなみのりに対する牽制に見えました。

亜美は外向きのキャラを演じていて、それは『大人っぽい』言われるのですが、竜児は「子供っぽい」と言っています。これは、亜美が竜児の前では演じてないせいもあるでしょうけれど、竜児がすごく大人だというのもありますね。今回、亜美が元気が無い様子だったのが気がかりです。

”おまじない”は非科学的であり、有害なこともあるでしょう。ハマリすぎると壷とか買っちゃったり。でも”手乗りタイガー伝説”みたいな他愛ないポジティブなものは良いと思いますね。恋愛とか告白とかには非日常的なエネルギーが必要で、日々普通に暮らしているだけではなかなか踏ん切りがつかないのですが、そういうおまじないがキッカケになるのであれば有益でしょう。恋愛は、動かないと何も起こらないからね。登場人物たちの恋愛模様が、おなじないをキッカケに少し動きだした、という話でした。

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家族の話になるのかと思ったら、父親はダシに使われただけで、ではこれをキッカケに大河と竜児の仲が進展するのかと思えば、大河もどちらかといえばダシであって、竜児とみのりの絆が深まった話だった気がします。とらドラ! 第13話 「大橋高校文化祭【後編】」 の感想。

大河は二人の子供みたいじゃないですか? 「子はかすがい」という感じ。竜児とみのりが仲良くしていると、大河も上機嫌なんですよね。

竜児と会話していたみのりが、ふと驚いたように「私、普通にしゃべってる…」と言っていましたが、あれはどういう意味でしょうか。たぶんみのりは、普段は『ハイテンションな不思議キャラ』を演じているんですよね。自分のありのままを出すのが怖いから。でも竜児と大河のことを話しているときは、つい素が出てしまうのでしょう。そんなみのりを、竜児も自然に受け入れているようです。

竜児とみのりの仲が一時こじれたのは、大河が父親のことをみのりに話さなかったせいです。話したら反対されると思ったからでしょう。でも大河は竜児のためにも、もう一度父親に賭けてみました。ある程度、玉砕覚悟で。そして玉砕したら、今度こそ父親に頼らず、一人で生きていく腹を決めるつもりだったのでしょう。あのステージでのパフォーマンスは、腹を決めたということですね。

つまり大河は親離れしようとしていて、これは竜児とみのりに対しても言えるのではないでしょうか。モノローグで「私はもう大丈夫だから、私のことばかり気にしないで」と言っていました。でも今回、大河はいつもよりむしろ子供っぽく描かれていて、大人になろうと無理している子供、という痛々しさがありました。

大河が欲しかったのは、心配して見守ってくれる存在ではなく、「いっしょに踊りませんか?」と言ってくれる人だったのでしょう。北村はそんな大河の気持ちを察したのか、ポイントを稼いだようです。こういうところが、大河が北村を好きな理由なのでしょうね。

このドラマはいわゆる群像劇だと思うのですが、登場人物の人間関係が、回が進むごとにゆるやかに変わって行きます。最終的にどこに落ち着くのか、まだわからないですね。

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文化祭の様子を竜児視点で描きつつも、妙に竜児の様子が客観的というか、他人事なのが気になっていました。とらドラ! 第12話 「大橋高校文化祭【中編】」 の感想です。

竜児としては、『自分の文化祭』というよりは、『大河の文化祭を見守る保護者』の心境なのでしょう。大河としては父親が二人いるようなものです。

でも大河には、竜児よりさらに年季の入った保護者がいるわけで、言わずと知れたみのりんですよね。竜児のにわか保護者ぶりは、ついにみのりんの逆鱗に触れたようです。確かに、あの父親の様子はいかにも怪しくて(前回のレビューでも書きましたが)、それを見抜けない竜児はうかつではあるけれど、良かれと思ってやったことなので、みのりの言いように竜児がムカっとするのも無理は無い。

しかし、勤勉な馬鹿が一番タチが悪いと言いますからね。みのりとしては、「大河のことが分かって無いなら余計なことするな!」という心境なのでしょう。みのりんの怒りは普段とのギャップで迫力があったし、大河との絆を感じさせて良かったと思います。二人の喧嘩でオロオロする大河もなんだか愛おしい。

そんな3人の様子を、少し遠くから眺めて論評を下すというのが亜美の立ち位置のようです。彼女も大河やみのりと同じように、傷つくことに臆病な人なので、とりあえずその位置から安全に竜児と関わろうとしているのでしょう。「同じ道の少し先を行く」というのは、つまり「あなたと私は同類だ」と言いたいのでしょうね。自然に同じ道を歩くことになり、今は自分が少し先にいる、と。

考えてみれば、なぜ大河とみのりが仲が良いのか等、二人の過去については不明なところが多いんですよね。次回、そのあたりが語られるのでしょうか。

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大河のあのエキセントリックな性格が、どうやって作られたのかは興味のあるところです。複雑な家庭環境に原因があるらしいことは語られていましたが、今回、その「家庭環境」の片鱗が見られました。とらドラ! 第11話 「大橋高校文化祭【前編】」 の感想。

大河の父親が登場しましたが、つかみ所がない人、という印象ですね。「娘を愛している。娘と一緒に住みたい。」というのは真っ当な願いですが、それにしては仕送り口座を急にカラッポにするというやり方は酷い。「お前の生死は俺が握っている」と言わんばかりの高圧的な態度です。温和に見えるけど、キレて感情的になることがあるのかもしれません。

大河のあの嫌い方も異常ですしね。父親の言い分だと「再婚相手とうまくいかなかった」とのことだけれど、本当にそれだけなのかと。それならば憎しみは主に再婚相手のほうに行くはずで、父親を蛇蝎のごとくに嫌うことにはならない気がする。

と、客観的に見ると、大河と父親の間にはイロイロありそうで、気軽には触れない雰囲気がプンプンしていますが、竜児は客観的に見れていないようです。どちらかといえば父親に肩入れして、子供なんだから父親を大切にするべき、という一般論で説教してしまう。普段の竜児らしくないですが、彼は父親を亡くしているので、大河が父親をないがしろにする態度に怒ったのでしょう。

彼はすぐにそれに気付いて謝ったけれど、竜児があの瞬間、大河のことを第一に考えていなかったことはバレてしまった。大河の方も、竜児に対して無神経だったことに気付いたので、その償いとして父親に譲歩することにしたのでしょう。竜児に悪かったという気持ちと、少し裏切られた気持ちと、今の生活が変わってしまう不安感。ラストシーンの彼女の元気の無い様子は、それらの想いがないまぜになったものなのでしょう。 なんだか痛々しかったですね。

竜児がやや強引に二人を和解させたことが、結果的に良い方向に行く可能性もありえるが、どうなんでしょうか。どちらかといえば心配の方が多いけれど、次回を待ちたいと思います。大河の家族問題と文化祭がどう絡むのかは楽しみ。

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亜美は、人を『太陽型』と『月型』に分類しているようですね。面白い見方じゃないでしょうか。とらドラ! 第10話 「花火」 の感想です。

人は誰しも、他人と接するための表層的な人格、いわゆる『ペルソナ』を持っていますが、太陽型と月型の違いはたぶん、ペルソナの作り方でしょう。『ありたい自分』をペルソナにしているのが太陽型で、『こう見られたい自分』をペルソナにしているのが月型というわけです。

そう考えると、みのりは明らかに太陽型、亜美は月型ですね。竜児も、外見にコンプレックスを持っていたり、掃除や家事好きだったりするところから、『きちんとしていると見られるのが気持ちいい』ペルソナなので月型でしょう。

それぞれの相性ですが、太陽型のペアは一番幸せでしょうね。二人で燦々してればオールオッケーという感じです。あまり進歩は無いでしょうけれど。

月型ペアもうまくいきやすいのでしょう。相手の気持ちがわかるので、ペルソナの下の素直な自分を出しやすいはずです。亜美は、『他人に淋しがってもらえるか』が重要であって、『自分が淋しいか』なんてことは考えたことが無いと言いました。竜児はそんな亜美に、本心を素直に出せば自分が受け止めてやる、と言いたかったようで、それは彼女に届いたのでしょう。

太陽型と月型のペアは、たしかにいろいろ難しそうです。特に太陽のペルソナが強烈だと、月は太陽が投げ込んでくる速球に当てるのが精一杯になるでしょう。竜児とみのりはその状態ですね。「なぜ自分を怖がらせようとしたのか」と聞いてくるみのりに、竜児は「幽霊を見せたかったから」と答えていましたが、あれはなんとか”当てただけ”で本心を表現できていません。みのりにも見抜かれていますが。

みのりはカンが鋭くて頭が良いので、そういう子にとって世の中は生き辛くなりがちです。なので彼女は、かなりエキセントリックな独自ワールドを築き上げて、そのペルソナの中で自己完結しようとしているのでしょう。恋愛も幽霊も信じたいけど、理性では信じられない。ならばそういうものが無くても成り立つ世界を作ってしまえばよい、というわけです。

太陽型と月型のペアも、可能性はあると思うのですよ。人間は天体じゃ無いので、月が太陽を変化させることだって有り得ます。みのりは本当は、自分の完結した世界を壊してくれる人を求めています。UFOやツチノコを見せて欲しい、というのはそのたとえ話で。太陽型と月型のペアはハードルが高いけれど、乗り越えられればすごく良いパートナーになれるのでしょう。

ちなみに大河ですが、彼女の内面は複雑だけど、どちらかといえば太陽型でしょう。竜児君はすでに彼女の世界を変えつつあるようですが。花火シーンのヒロインの三者三様の様子(はしゃぐみのり、線香花火をする大河、一人で遠くから眺める亜美)が印象的でした。

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いい青春ドラマであり、ギャグのキレもあって、全体にとてもよかった。とらドラ! 第9話 「海にいこうと君は」 の感想です。

特に、みのりと竜児のシーンが良いですね。みのりは恋愛を幽霊に例えて、竜児はその例え話を引き継いで攻勢(ほぼ告白)をかけたのだけれど、みのりは途中から幽霊そのものの話にすりかえてしまった。竜児と恋愛の話をするのが怖いのでしょう。「何あれ、UFO?」とはしゃいでいましたが、もしUFOだったら竜児を受け入れてもいいか、と一瞬考えたのではないでしょうか。

恋愛を幽霊に例えるのは、いかにも恋に憧れる女の子の発想で微笑ましいです。幽霊を見るのは驚愕のイベントでしょうけれど、恋愛や結婚はきっとそうじゃない。確かに、告白や付き合い始めのドキドキはあるけれど、それはほんの入り口であって、そのうち2人でいることがごく当たり前になり、とりたてて感動も打算も戸惑いもなく、いつしかお互いに「結婚するんだろうなー」と思うようになる、そういうものじゃないでしょうか。「何かのイベントでフラグが立つ」ものでは無いというか。

だから大河と竜児のような、側にいるのが自然な関係は、恋愛と言っても良いのかもしれません。このまま育てばですけど。大河はそれに気付き始めているのかな。竜児はサッパリのようですが。

亜美の竜児への接し方が変わりつつあるようです。以前はネコを被ってあからさまに誘惑していましたが、今回は素直に誘えないような素振を見せてました。本気になってきたということなのかな。

次回もお泊りの続きのようなので、彼氏・彼女たちの関係に進展があるのか楽しみです。

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大河が竜児を「犬」と呼ぶ時の意味が、変わりつつあるのでしょう。とらドラ! 第8話 「だれのため」 の感想です。

他人を貶めて、自分が優位に立とうとする人はいるものです。大河はそれとはちょっと違うけれど、不遜な態度を取ることで他人と距離を置こうとしているように見えます。臆病で自分に自信が無いのを隠そうとしているのでしょう。竜児に対しても犬呼ばわりすることで、対等な位置には置かないようにしたいのでしょう。同じ目線になって、弱い心の中を覗かれることを恐れているわけです。

でも今回の「犬」は、それとはちょっと違っているように聞こえました。2人で多くの時間を過ごしたことで、大河と竜児の間にはもう信頼関係が成立しており、大河は竜児を近づけることを恐れなくてもいいはずです。でも、そうすることが『照れくさい』というモードに入ったのでしょう。意識はしていないでしょうけれど。 これって恋ですね。

恋愛モノで主人公やヒロインが鈍感なのはよくある仕様で、そのコントラストとして脇役たちの勘が良いのもよくある仕様です。みのりや北村は2人の関係をよく分かっているようだし、母親の泰子さんは2人の理解者ですね。 この人たちは視聴者の分身として、今後も2人を見守ったり励ましたりする役目をするのでしょう。

亜美はどちらかといえば鈍感サイドに見えます。ゆえに彼女は脇役ではなくヒロインの資質があるのでしょう。
「狭いところが落ちつく」といって自販機の隙間に入っていましたが、彼女も他人と正対するのが怖いという点で大河と同類なのでしょうね。現象としては大河とは正反対に『愛想の良いキャラ』を演じているのですが。

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今回のとらドラ!は、『大河のやきもち』、『みのりん武力介入』、『竜児は貧乳派?』の3本でお送りします。とらドラ! 第7話 「プールびらき」 の感想。

いわゆる水着回であり、ストーリー的には一休みでしたが、人間関係には微妙に進展があったのかなと。まず『大河のやきもち』ですが、亜美に「やきもち焼かないで」といわれて、大河としては「自分はやきもちを焼いてるのか?」と自問したはずですよね。傍からはやきもちにしか見えないし。これは、彼女が竜児を意識するキッカケになったのでしょうか。残念ながら、水着騒動でうやむやになってしまいましたが。

大河と亜美が争っているとき、みのりんは2度までも『武力介入』してきました。きっと2人の様子をよく観察しているのでしょう。ということは、竜児をめぐって争っていることも勘付いているでしょうね。2話で、みのりも竜児が好きなのでは?と思えるシーンがありましたが、2人の仲介をしながらみのりは何を思っているのでしょうか。

竜児は、亜美の水着にはいまいち反応が薄かったですが、大河の水着には照れていました。つまり貧乳派? まぁ、女の子の一人暮らしの部屋で2人きり(しかも水着)、という地形効果もあるので、一概にはいえないのかもしれまません。ともあれ、竜児が大河を女性として意識しているシーンは初めてかも。

このところやられていた亜美が、今回は攻勢でした。亜美のナルシストぶりは好きですね。テレビCMだったと思いますが、小学生の女の子が「私はかわいいので人生勝ったも同然です」という作文を朗読するシーンがあって、清々しいなと思いましたが、あの感覚です。「私はかわいい!」と自信をもち、それを最大限に生かすように生きるのはいいことじゃないでしょうか。「オレは頭がいい!」とか「サッカーがうまい!」と自信を持つのは良いことなので、それと同じですよね。かわいいと思ってるから、よりかわいくなれるというのもあるでしょう。今回は亜美が一番光っていた気がします。

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亜美は『本心を表さない』キャラであり、それは視聴者に対してもそうなので、心理を理解するのが難しいですね。とらドラ! 第6話 「ほんとの自分」 の感想です。

清掃作業のとき、亜美は竜児に気がある素振りをしていましたが、竜児はそれも亜美の演技だと見なして相手にしていません。亜美はそんな彼に、「高須君は通じないんだ、こういうの」と言いましたが、この時の心境はどうだったのでしょうか。「やっぱりバレてたか」なのか、あるいは「本当に好きなのに」なのか。

僕は、この時点では前者だと思います。まだ竜児のことを好きになる理由が無いので。気があるようにしていたのは、大河へのあてつけ、および本能的に周囲に媚びる性質からでしょう。

でも、竜児に見抜かれたことによって亜美の心境が変わったと思うのですよね。表面上の媚には流されず、本質を見てくれて、かつ自分のことを心配してくれる男友達はこれまで居なかったのでしょう。それで、ラストの告白まがいのシーンにつながるのでしょう。これもどこまで本心かはわかりませんが。

亜美のような、自分の本心を晒すことに臆病なキャラにとって、ストーカーは恐怖の対象でしょう。どこから見られるかわからない恐怖。でも大河が逆襲したことで、ストーカーに対する本能的な恐怖心がぬぐわれ、素で対決できるようになったのでしょう。この体験によって、亜美は今までよりも本心を出せるようになるのでしょうか。

かなりテンポ良く進んでいる感がありますが、亜美の心境の変化やストーカーの怖さなどはもっと丁寧に描写しても良かったかもしれません。わりといい話なのにアッサリ終わって勿体無い感があります。

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